第150話 遠藤の実験準備
―遠藤視点―
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「【悲報】モンスターペアレント、いじめられる側に問題あると投稿して無事炎上」
「いじめられる側に問題ある? 加害者の未来を守る? 今日のお前が言うな、スレはここでした」
「【魚拓あり】いじめを主導した子供の親。身勝手な理論で炎上し、投稿を削除して逃亡」
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授業が終わって、サッカー部の続報が何かあるかもしれないと思い、ネットで検索すると、どうやらいじめの実行部隊だった相田の親が学校を脅したうえに、何を思ったのか、その音声データをSNSに投稿してしまったらしい。
炎上して、慌てて投稿を削除したが、すでに遅く燃料を投下しただけになってしまったらしい。
実名アカウントで、すでに身バレしていて、最悪の状態になりつつある。
「本当に何やってるんだよ」
敵ながら、あまりのやらかしに、こちらまで頭を抱えてしまう。
この前の近藤親子の大ポカで、ただでさえ青野君に同情的に傾いていた世論が、今回の件で決定的になった感じ。
意外と青野君の名誉回復の時期は近そうだ。
「まぁ、いいや。あとは勝手に落ちていくだけだから、俺は実験の準備をしよう」
今日は、青野君の補習に専念しよう。顧問の先生に相談して、ヨウ素の昇華実験をすることになっている。あれは、途中はなかなかきれいでおもしろいんだよな。
念のため、昨日動画サイトで復習しておいたし、顧問の先生も参加してくれることになっている。部活のメンバーも、青野君に偏見はなく、事実を話したら部活の時間を割いて喜んで協力を申し出てくれた。
それに、一条さんも参加してくれるらしい。その事実に、我ら男所帯の科学部は色めきだっていた。いや、青野君と両想いなのはわかるから、部員たちがどうできるかと変な理想を持っているわけでもないんだけど。学校で一番の美人と評判の女の子と一緒に実験できるのは、やはり嬉しいらしい。
俺もこうして表で彼の役に立てて嬉しい。
そういえば、人間不信で部活に参加することも怖かった自分の背中を押してくれたのも、青野君と今井だったな。科学部は少数精鋭で、アットホームな空間だから、今ではかけがえのない時間を共有できている。先生ももうすぐ退職の好々爺って感じだし。
「失礼します。先生、補習の手伝いに来ました」
実験準備室で、先生は小さなテレビでワイドショーを見ていた。
「ああ、ありがとうね。青野君たちももうすぐ来るから、準備終わらせちゃおうか」
でも、先生はテレビが気になるらしい。
なかなか、消そうとしない。
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「今回のいじめ問題は、今後のモデルケースに間違いなくなると思います。いじめという言葉ですまされないんですよ。暴力が伴えば、暴行や傷害事件。私物を隠したら、窃盗罪。SNSなどで暴言を吐けば、誹謗中傷や名誉棄損。性的な嫌がらせなんてもってのほか。全部、れっきとした犯罪なんですよ。今まで、学校の中だけで対処しようとしていたこと自体に無理があったんです」
「ですが、我々世代にとっては少し違和感が……」
「たしかにそうかもしれません。でも、実際にいじめを苦に自殺や不登校に追い込まれる学生さんは本当に多いんです。社会全体で、意識を変えていく必要があると思います」
――――
いつもは芸能ニュースばかりのワイドショーでも、今回の問題は関心が高いらしい。子や孫を持つ視聴者が多いからか、ずいぶん長い枠を取って、議論されているみたいだ。いじめで子供を失った親もコメントしていた。
―――
「もし、味方になってくれる先生や友達。いじめは犯罪と言ってくれる大人が近くにいたら、息子は死ななくてもよかったんじゃないかなって。今回の報道を見て、ずっと考えてしまいます」
―――
それは悲痛な叫びのように感じられた。
もし、青野君が最悪の選択肢をしていたら、きっと俺も立ち直れなかったと思う。
「遠藤君。がんばりましたね」
老教師は、テレビを消して、こちらに顔を向けずに優しくそう言った。
「えっ」
「何がとは言いませんよ。言ったら問題になってしまうでしょ。でもね、本当に大変な時に寄り添える人がいるというのは幸せなことだよ。これからも、その関係を大事にしなさい」
温かい言葉に思わず泣きそうになりながら、震える声で「はい」と答えると、先生は、振り返って優しく笑った。
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