第152話 エリと立花
―立花部長視点―
必死に頭を整理していると、スマホが鳴った。
誰よ、こんなに忙しいときに。考えておかなくちゃいけないことがたくさんあるのに。時間が足りない。焦っている時に、誰も近づけたくない。
スマホには懐かしいおもちゃの名前が表示されていた。
池延エリ。
中学の時に、私が介入して、近藤君に寝取らせた女だ。
たしか、英治君と同じ幼馴染カップルだったはず。
「久しぶり、少しだけ聞きたいんだけど、もしかして、立花さんって近藤君と仲が良かったりする?」
思わず血が冷たくなる感覚をおぼえる。
ばれるはずがない。だって、彼女と近藤君の件は、私が出会う場所をセッティングしただけ。裏で接触をしただけで、表立ってはただのクラスメイトとしてしか接してなかった。
ばれないように密会するときも工夫していたし。
「なに、突然。たしかに、中学と高校が一緒だから、会えば話したりするけど……そこまでじゃないよ。彼、あんなことになってしまったし」
なるべく、平常心を装い返答する。
すぐに、返事がきた。
「そうだよね。そんなそぶりなかったもんね。彼と私の仲、知っていて、裏切るわけがないよね。私、あなたを信じてもいいんだよね?」
どうやら、近藤君が捕まってしまい情緒不安定になっているだけね。たしか、親にも勘当されて、一人暮らししていたはず。もう、彼しかいなんだろう。
「もちろんよ。私はそこまで残酷なことできないわよ。近藤君とは、ただの同級生。嘘なんてつかないわ」
彼女と付き合っている当時ですら、私は彼と関係を結んでいた。
でも、彼女は気づかなかった。いや、あえて気づこうとしていなかったのかもしれない。だって、もう彼しかいなかったから。無理して信じようとしていたんだと思う。だから、私のおもちゃだったわけだけど。
「ありがとう。ごめんね。いきなり変なこと聞いちゃったね。本当にごめんなさい。信じているよ」
私はそのうわべだけの言葉を見ながら、軽くスタンプを返した。彼女はうまく使えば、打開のヒントになるかもしれない。最悪、彼女にすべての悪事をなすりつけて逃げることができるかもしれない。だって、彼女のほうが近藤君とは深い仲だから。
少しずつ、光が見えてきたように思えた。
「ありがとう、池延エリさん。あなたは、本当に使えるおもちゃよ」
私は邪悪な笑みを浮かべる。どうにかして、彼女に罪を被せる手段を考え始めた。
※
―池延エリ視点―
「信じてるよ、立花さん?」
まるで時が止まったかのように、冷たい孤独な時間が過ぎていく。
スマホを握りつぶす勢いで、私は震えていた。
※
―一条愛視点―
家に帰宅し、黒井から送られてきた報告書に目を通す。
やはり、遠藤さんと池延さんの破局の発端も、立花部長だったわね。偶然にしては、できすぎている。彼女の関係者が、常に事件に巻き込まれているのに、彼女はそれを遠くから眺めているだけ。
でも、その傍観者兼黒幕候補は追い詰められている。冷静な判断ができない状態なら……
「外堀を埋めて、冷静に理知的に追い詰めて、焦らせる。それが最善手」
焦っていれば、冷静に考えたら、悪手だと気づくはずのミスが、妙案に見えてきて、暴走する。すでに、多くの関係者が暴走状態なら、狂気はすぐに伝染していくのだから。
焦った人間は、誘導しやすい。
そう考えていると、思わず自己嫌悪が生まれてしまう。これじゃあ、まるで一番嫌いな人そのものだ。他人をうまく誘導し、自分に優位な盤面を作り出す。
この忌むべき遺伝してしまった才能を、今だけは有効活用しよう。
それが、私の一番大事な人を守ることにつながるのなら。
罠はしかけている。その罠は、明日爆発する。
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