第153話 警察署において
―池延エリ視点―
翌日。私は言われた通りの時間に警察の近くにやってきた。
「池延さん!」
すぐに私立探偵が声をかけてきてくれた。とりあえず、安心する。探偵がここにやってこなかったらどうしよう。嘘だったらどうしよう。最後の希望だけにずっと不安だったから。
「今日はよろしくお願いします」
私はできる限り丁寧にお辞儀する。
「ええ、もちろんですよ。こちらへ。裏口から入ります」
手慣れた感じで、警察署の裏口に向かった。数人の警官が、彼と私の姿を見て、敬礼して、出迎える。
すぐに何事もなかったかのように、仕事に戻っていった。
彼は、まるで顔パスのように、留置場の面会室に向かった。警官でもないのに、まるで慣れているかのように。
「私は警察OBでしてね。ですので、こういうことができるんですよ」
私が不思議に思っていることを察して、彼はそう言った。
「もうしばらくここでお待ちください。すぐに近藤君がやってきますよ」
青山さんはそう言って、部屋の後ろで待機していた。
私は、彼がいつ来るのかそわそわしながら、待っていた。
5分ほど待って、ガラスに仕切られた向こう側のドアが開く。
ゆっくりと近藤君が中に入ってくる。久しぶりに見たわけでもないのに、彼の顔はやつれていた。
「エリ!? どうしてここに。会いに来てくれたのか?」
ここに私がいると知らなかったのだろう。うつむいて入ってきて、すぐにパッと顔を明るくする。かわいい。やっと、会えた。愛しい人に。
「うん。実は親切な人に助けてもらえて。特別に、会えることになったの」
「そっか。そっか!! ありがとう。ずっと心細かったから、本当にうれしい」
いつになく殊勝な彼の言葉に少しだけ感動する。
「だいじょうぶ、ひどい扱い受けてない?」
「ひどい扱いばかりだよ。俺は、選ばれた人間のはずなのに、警官はまるで犯罪者のように扱うんだ」
かわいそうに。いつも自信満々の近藤君が小さくなっているように見えた。
自尊心が傷ついて自分を失っているんだ。
「大丈夫だよ、たとえ、誰が敵になっても、私だけはあなたの味方でいるからね」
私たちはガラス越しに、手を向けあった。少しでも体温を感じたいのに、無機質な冷たさしか感じない。
「そうだよな。俺にはサッカーの才能があるんだから。ここを出たら、また、サッカーを……」
最後の希望にすがりつくように彼は、早口になる。
「そう、だよね」
でも、私は真実を知っている。だから、歯切れが悪い言葉しか言い出せない。
「どうしたんだよ。エリだって、俺のサッカーの才能知っているだろう?」
その様子があまりに不憫で、何も言えなかった。
でも、突然、私立探偵が無理やり会話に乱入し、真実を強引に伝えてしまう。
「それは僕から話そう」
「誰だよ。お前っ!!」
「近藤君。サッカー部は廃部になるよ。きみの推薦は正式に取り消されたって……高校も退学になるだろうから、、もうきみはサッカーの世界には戻れない」
その言葉を聞いた彼は、この世の終わりみたいな顔になっていた。
「はぁ? 嘘だ。だって、俺は日本サッカーの至宝になる男で」
「いい加減に現実を見たほうがいいよ」
そういって私立探偵はため息をつきながら、外に出ていった。
「嘘だ、嘘だ、嘘だぁあああああああああああああああああぁあぁっぁぁあっぁ」
狭い面会室に絶叫がとどろく。
いたたまれなくなって、私は言ってしまう。
「ねぇ、近藤君。私も全部失った。あなたもそうよね。だから、もう一緒に死んでくれないかな?」
いつになく冷たく絶望した声で、私が笑いかけると、彼はまるで幽霊でも見ているかのような目でこちらを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます