第154話 エリと近藤

―近藤視点―


「何を言っているんだよ、エリ。冗談でもそんなこと……」

 目が笑っていない。目のハイライトが消えたかのような冷たい視線。すべてに絶望しているのが伝わってくる。


「冗談? こんなこと冗談で言うわけないじゃない。私は家族も友達も未来も全部、あなたに捧げた。あなたは、家族も将来の才能も学校も失う。本当の意味でお似合いじゃない。お互いに、もう他に何もないんだよ」

 

「違う、俺はすべてを失ったわけじゃない。だって、まだサッカーの才能が残っている。弁護士たちは、もう終わりというけど、俺にはまだすがれるものがあるんだ。こんなところで終われない。俺は、俺は、俺は――ここで自分が終わるなんてこと、絶対に認めない」

 エリは壊れたおもちゃのように、首がぐらぐら揺れている。


「そっか。でもね、近藤君? こんなに大事になって、あなたとサッカーしてくれる人なんて本当にいるの? サッカーってひとりぼっちじゃできないんだよ。あなたは、現実のつらさをちゃんと理解できていないんだよ。これから先、ずっと孤独で生きていかなくちゃいけない運命なんだよ、きみはね。私と同じように、暗い世界で孤独に耐えながら、死ぬまで待つことしかできない暗い世界に落とされたの。ずっと、華やかな世界で生きてきた近藤君が、そんな生き方、絶対にできない。だから、ここから出たら一緒に死のうよ。ここで終わらせちゃったほうがいいんだよ」

 抑揚のない冷たく平坦な声。ガラスに区切られているのに、恐怖心で身体が震え始める。


「決めつけるなよ、俺にはまだ、いろんなものがある。お前とは違うんだ」

 震えながら、なんとか声を絞り出した。目の前の彼女は、冷笑を浮かべていた。


「例えば?」

 まるで、エリは俺の将来の不安を具現化させたかのような存在になっていく。

 強く否定しなくては……


「俺のことが好きな女なら、お前だけじゃない。他にもたくさんいる。俺以外に何もないお前と一緒にするな。俺は、死ぬわけにはいかない!!」

 部屋の中で反響するほどの大きな声が出てしまう。普通の女子なら驚くはずなのに、エリは冷笑を通り越してあざ笑うかのように続けた。


「そっか。立花さんとか天田さんとか仲の良い女の子、いっぱいいるもんね」

 なぜ、そのふたりの名前が出てくるのか、わからなかった。エリは都合がよい女だったから。都合の良い立場を維持して利用するために、あえてほかの女のことは話さなかった。なのに……


「どうして、その名前を……」

 その言葉を聞いた後、エリは病的なまでの白い肌で、にっこり笑った。「これですべてつながったわ」と小さくつぶやいて。


「全部知っているよ。私と付き合っていた時から、裏で立花さんと浮気していたことも。私を都合のいい女扱いして、本命は天田美雪だったことも全部ね」


「おい、エリ。立花のこと誰から聞いたんだ。

 美雪のことは学校で話題になっているからで、わかるが……


「やっぱり、否定しないんだ」

 彼女は、冷笑に怒りをこめてこちらにほほえみかける。そして、出口へと向かうために立ち上がる。


 しまった。自分から墓穴を掘ったことを自覚しながら、なんとかごまかそうと口を動かした。


「違う。誰に吹き込まれたかわからないけど、立花とはそんな関係じゃないんだ。信じてくれよ」


「もういいよ、近藤君。全部、わかったから」

 振り返った彼女は、感情を失ったロボットのようにぎきちない動きを繰り返した。


「絶対に許さない」

 怨嗟えんさの声を投げつけて、彼女は去っていった。


 ※


―黒井視点―


 実は、池延エリの服には盗聴器を仕込んでおいた。俺がいたら本音を話せないだろうと思って中座したが、その後、まさか心中の話まで出てくるとは思わなかった。お嬢様のプランでは、池延経由で間接的に近藤を動揺させて、関係を探らせるつもりだったが、ここまでうまくいくとはな。


 とりあえず、外で待つ部下に池延エリの監視を強化するように指示を出す。話の流れから自殺する可能性は低いだろうが、用心に越したことはない。


「だが、これでお嬢様の推測は、ほぼ当たっていることが証明されたな。近藤と立花は、つながっている」

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