第155話 美雪と思い出

―美雪視点―


 死ぬこともできず、謝罪もできず、ただ自分の処分が下されるのを待つだけの時間。もうどこにも救いはない。幸せは私が壊してしまった。家には誰もいない。孤独が心を侵していく。もうこの苦しみから逃げることすらできない自分に絶望していた。


 自分が悪いんだから、どうすることもできない。ただ、その絶望感に心が押しつぶしていく。


 部屋にこもって、何気なく辺りを見渡す。幸せだった時の名残が、今では凶器のように心に突き刺さった。


 自分の部屋には、英治との思い出がたくさんある。

 英治と一緒に遊んだトランプ。

 彼と初めて撮影したプリクラ。

 学校の入学式や卒業式、修学旅行で一緒に撮った写真の数々。

 恋人同士になって、交換したクリスマスプレゼント。

 ホワイトデーのお返しにもらったお菓子が入っていたかわいい空き缶。


 捨てなくちゃいけない。私が本当に幸せだった時の思い出の品々が、自分を苦しめる。机の引き出しを開いた。


 そこには、私の罪の象徴があの日のまま入っている。


「英治にあげる筈だった誕生日プレゼント。結局、渡すこともできなかったな」

 それを見ると涙がこみ上げる。あの日、どうして、私はあんな残酷なことを言ってしまったんだろうか。


 怒られるべきなのは、私なのに。英治が動揺して、肩をつかんだだけで、あの優しい彼にえん罪を被せてしまった。それも自分の保身のために……


 失って初めて、彼の存在の大きさがわかってくる。喪失感もどんどん大きくなる。この感情はいつまで大きくなるのだろう。自分の半身がもがれたかのような鈍痛。心が悲鳴を上げている。


 日記をめくった。私が浮気する前までずっと書いていた秘密の日記帳。

 浮気をするようになって、書けなくなってしまったもの。

 自分は、逃げたんだと思う。


 英治に告白された日の日記。何度も読み返した跡がある。

 ずっとずっと、幸せな気分でその日をめくるはずだった。


 その日の日記には、あの日の熱に浮かされて、幸せな少女が夢いっぱいに希望を込めていた。


 ※


英治に告白された。やっと、恋人同士になれた。幸せ。彼とはずっと、ずっと、一緒に生きていきたい。そうすれば、絶対に幸せになれる。高校を卒業して、大人になって、おばあちゃんになっても、今日は特別な日になる。私は、この日を絶対に忘れない。


ずっと、ずっと一緒に楽しく過ごしていきたいな。


 ※


 過去の自分にまで断罪されているような苦しい文章を読んだ。涙が止まらない。

 あの日の自分は、この願いが当たり前のように叶えられると信じていた。

 違う。私が自分で幸せを壊さなければ、この願いは絶対に叶うはずだったんんだ。


 告白された次の日も、その次の日も、私は幸せな日々を謳歌していた。恋人同士になって初めての通学。初めての寄り道。初めてのテスト勉強。


 そんな、ありふれた日々すらも輝いていた。

 どうして、忘れていたんだろうね。バカだな、私って。


 泣き崩れていると、玄関のベルが鳴った。

 誰か来たようだ。

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