第156話 美雪とエリ

 私は恐る恐るインターホンをのぞき込む。そこには、肌が病的に白くなって、目がうつろな女性が立っていた。


 その顔には見覚えがあった。3年生の女子だ。近藤から元カノだったと話を聞いている。それがなぜここにいるの。どうして、家の場所を知っているの。恐怖を覚える。


「お願い開けて。近藤君の件で、話があるの。お願いだから、開けてよ。この泥棒ネコ。私から彼を奪ったくせに。どうして、すべてを捨てた私じゃなくて、あなたが選ばれたのよ」

 恐怖を感じる。かなり、大きな声でドアをたたいている。


「怖いからやめてください」

 インターホン越しでかろうじて声をだすことができた。私の声に反応して、彼女は玄関前で泣き崩れてしまう。


「結局、あなたも同じなのよ。私と一緒。聞いたわよ、幼馴染の男の子を裏切って、近藤君に走ったんだって。私と一緒。私と一緒。私と一緒だよ。でもね、私はあなたよりひどいことはしていないわ。あなたは、その大事な幼馴染にえん罪を被せて、いじめを誘発させた。鬼畜、鬼畜、鬼畜」

 何度も同じことを口に出しながら、玄関前をゆらゆらと動き、こちらを見て笑った。人間として、何かが壊れているような……違う。壊されてしまったかのような雰囲気をまとっている。


「私ね、あなたのことずっと恨んでた。全部ささげた私じゃなくて、ぽっとでてきたあなたが彼の寵愛を受けていたから。なんで、あなたなのってずっと思っていた。でもね、わかったのよ。全部わかったの」

 その並々ならぬ様子に思わず続きを促してしまう。


「なにがわかったのよ」

 その言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに笑った。


「あなたも一緒だって。結局ね、あなたも私と一緒。もてあそばれてただけなんだよ。ばかみたいよね。私たちなんて、ただのおもちゃ。つまらなくなったら捨てられるだけ。脚本家がすべてを決めていたんだよ」


「何を言っているんですか」


「ふふ、わからないわよね。でも、今はそれで大丈夫。すぐにわかる。自分がやってきたことの罪の重さは、時間をかけてあなたに襲い掛かってくる。心が徐々にむしばまれて、帰りたくても戻れない場所にいることを自覚して、苦しみ続けることになる。私はね、あなたの数年後の姿よ。じっくり見ていてね。私たちの悲惨な末路を。これは、あなたに対する復讐でもあるんだからね」

 重々しい沈黙が流れる。彼女は、うつむいて、一息ついて帰っていく。何も言わずに。


「待って」

 思わず玄関に向かって走った。でも、間に合わなかった。数人の近所のおばさんたちが奇異の目でこちらを見ている。口元は隠しているけど、あざ笑っているかのように見えて、私は慌てて家の中に逃げ出した。


 ※


―一条愛視点―


 学校から帰った後、黒井がまとめてくれた報告書を確認する。

 やはり、近藤と立花部長はつながっていた。


「黒井。池延さんの状態は? 精神的に追い詰められていると思うけど」


「そちらはすでに対処済みです。しっかり、監視をつけております。さきほど、天田美雪と接触したようです」

 そちらの報告も目を通した。復讐心で前が見えなくなっているように感じられる。でも、彼が大丈夫だと言っているなら問題はないはずだ。アフターフォローはしっかりしてくれるはずだから。


「そう、警察の捜査は、なにかわかった?」

 黒井は、元・警察官僚。いろんなところに顔が利く。


「近藤市議のほうは、黙秘しているようですね。精神的に追い詰められて、意味不明な供述をしているとか。あと、自分が暗殺されるんじゃないかと恐怖におびえているようです」

 そんなリスキーなこと誰がするのよ。思わずあきれてしまう。


「この前、お会いした時もそうだけど、彼は守りに回ると弱いみたいね。サッカー部の息子のほうは?」


「現在、関係している生徒をあぶりだしているようです。スマホのデータにひとつ怪しいところがあるので、専門家による調査が行われています。データを消去して隠ぺいを図った形跡があるようで、おそらく、その怪しい部分が……」


「近藤と立花部長がつながっている決定的な証拠」

 私の言葉に、黒井はゆっくりうなずいた。


「昔の部下に、何かわかったら連絡してもらうように言ってあります。続報が、わかり次第、ご連絡します」


「ありがとう。お願いします」

 黒井は、言いにくそうに続ける。


「ですが、お嬢様。よろしいのですか。今回の件で、危ない橋を渡っておりますが……もし、お父様に動きが知られたら……」

 父に言及されたことで、私も思わず苦い顔をする。


「そうですね。でも、私は、覚悟を固めています。父と向き合う覚悟を」

 英治先輩の件もある。遅かれ早かれ、父に会わなくてはいけないはず。

 もう、私は逃げない。

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