第157話 総理&動き出す断罪(一条愛)

―宇垣幹事長視点―


 総理に呼ばれて、官邸へ入る。


「宇垣君。急に呼び出してしまって、すまないね」

 いつになく殊勝な言葉だ。どこか疲れを感じる声。それもそのはずだろう。連日連夜の近藤市議のスキャンダルで、その裏金が中央に流れ込んでいた噂が独り歩きを始めているからな。来週あたりにでも週刊誌が飛ばしスクープでも掲載するかもしれない。


 特に、近藤の息子が引き起こした、いじめ問題も大きい。いじめ問題に敏感なネット社会に、生々しい音声や動画が拡散されたことで、今回の件の炎上は、鎮火するどころか、どんどん大きくなっていく。そこに政治スキャンダルだ。


 これでは、なかなか終わりも見えない。


「ずいぶん、お疲れですね、総理」

 自分でも笑ってしまうほど、心にないことを言ってしまう。


「ああ、そうなんだ。近藤市議の件、まいったよ。根も葉もないことをスクープにされたら、今度の統一地方選に悪影響がでるかもしれない。そうなれば、私の足場が揺らぐ」

 これでは、なにかやましいことがあると自分で言っているようなものだ。それほどまでこちらを信用しているのか。それとも、ブラフか。


「ええ、私としても、早く鎮火させなくてはいけないと思っております」

 その言葉に、総理はふんと笑う。その嘲笑には、「君だけはあの記者会見で株をあげたではないか」という嫌味がこめられているようだ。


「頼む。君だけが頼りだ。もし、金が必要なら、機密費をばらまいても構わない」

 それだけ態度が悪いにもかからず、こちらに無理難題を振るとはね。


「ええ、善処させていただきます」

 総理は、デキャンタボトルからウィスキーを注いでこちらに手渡してきた。

 香りをかぐ。ミズナラ樽やワイン樽の要素が強いな。国産のシングルモルトか。


「君には感謝している。次の内閣改造では、君の派閥を優遇するよ」

 しょせんは口約束だ。この町では、そんな約束、意味をなさない。


「ありがとうございます。期待していますよ」

 さっきから心と口が別の生き物になったみたいだ。


 酒を口に含む。ビターなミルクキャラメルやワインのような渋みを持ったドライフルーツの味わいが口の中に広がった。


「京都のウイスキーですか?」

 よくわかったなと総理は笑う。


「僕の選挙区なんだ。さすがだね」

 そう言って、自分のグラスに氷を注ぐ権力者の様子を冷ややかに見つめる。

 そんなことをしたら、せっかくのワイン樽の風味がわからなくなる。しょせんは、この程度の男だ。


 つまらない酒席だが、なかなかおもしろいことがわかった。目の前の小男は、相当焦っている。


 まだ、近藤市議には、利用価値はあるな。


 ※


―一条愛視点―


 報告書に目を通して、ため息をつく。まるで、人間の悪意が濃縮されたかのような環境ね。


 状況証拠だけを考えれば、今回の主犯はサッカー部の近藤。黒幕は、文芸部の立花部長。


 でも、立花部長が何を思って、今回の2つの事件を起こしたのかわからない。嫉妬? 愉快犯?


 それだけで、人の人生を踏みにじろうとしたの?

 好意という一番純粋な感情を……ないがしろにしてまで。

 まるで、相手を人間だとは思っていない冷たさを感じる。


「お嬢様、用意できました」

 

「ありがとう」

 黒井からスマホを受け取る。


「立花の電話番号は入力済みです。あとは、発信ボタンを押せば非通知で繋がります」

 深呼吸して、息を整える。相手は、先輩の大事な原稿を処分した憎むべき相手。だからこそ、冷静に接触しなくてはいけない。


 私は発信ボタンをゆっくり押した。

 

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