第146話 完璧と幸せ

 今日は、久しぶりに先輩と別れて、すぐに家に帰った。

 お手伝いさんもお休みなので、本当に一人ぼっちの時間だ。黒井には、立花部長と池延さんの調査をお願いしている。


 たぶん、夜にはある程度、わかるはず。最近の放課後は、先輩とずっと一緒だったし、キッチン青野でご飯を食べて、本当の家族みたいに愛されて接してもらっていたから、ずっと当たり前だったはずの孤独の部屋が本当に大きく感じられる。


 いろんなことがあったから少し疲れているせいもあって、どこか思考がネガティブになっているのね。


「少しだけ寝よう」

 夕食は作り置きのおかずがある。学校の課題は、食事を済ませた後に片付ければいい。


 寝室のベッドが、この前のゲームセンターデートで取ってもらった景品のぬいぐるみのおかげで、華やかになっている。


 横になりながら、先輩にもらったぬいぐるみを抱きしめる。


「今日ね、クラスメイトの子から、青野先輩のどこがいいのって聞かれちゃった」

 抱きしめたぬいぐるみに語り掛ける。ずいぶん、メルヘンなことをしていると思う。でも、思考の整理には必要だから。


 初めて出会った屋上で自分を顧みずに、私を助けてくれた優しいところ。

 自分が一番大変なはずなのに、加害者への恨みどころか、ずっと前を向いて動いているところもすごいと思う。

 そして、私のことをずっと見てくれているところ。心にずっと寄り添ってくれるところ。彼と出会ってから、「死にたい」と考えて日々が急に遠い昔のように思えてくる。


「たぶん、深く接しないと、彼の魅力に気づけないよね。だから、みんな、あんなひどいことしたんだし。でも、彼と深く接してきた人たちは、みんな英治先輩を信じてるんだよ。すごいよね」

 英治先輩は、本当にすごい人だと思う。小説の才能をもちながら、あの善良な性格も決して嘘偽りがない。


 あのお母さんに育てられた人だからね。それに、お父さんも南前市長の親友で、ボランティア活動にも熱心だったと聞く。お兄さんも若いのに、遊びもせずに、家業を支えている。


 家族間の仲が良い。うらやましいな、本当に。

 そういえば、男の人からもらったプレゼント、これが初めてだっけ。


 言い寄ってくる男の人はたくさんいた。半ば強引に贈り物をしてこようとする人もいた。でも、それらはすべて断ったし、返品した。自分のことをトロフィーや賞状のように扱ってくる男の人に不信感しかなかったから。


 だから、この前のゲームセンターで、彼からのプレゼントをすんなり受け取った自分にも驚いた。当たり前だけど、彼のことを無条件で信用しているし、好意を持っていることは自覚していたけど、警戒心すらまったく抱く必要がなかったから。


「そうだ。今度、ちゃんと先輩の小説のお祝いしなくちゃ」

 このぬいぐるみのお礼もかねて。


 焦らなくていいと言ってくれた彼の言葉を思い出す。それは、今まで完璧であり続けることを周囲から求められ続けてきた私にとって救いの言葉だったのかもしれない。


「完璧じゃなくてもいいんだ。彼と一緒に前に進んでいけば、いいんだよね?」

 大切な宝物になったぬいぐるみを抱きかかえながら、私は幸せな眠りに落ちていく。

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