第147話 天田美雪
―美雪視点―
私は、自室で震えている。涙が止まらない。
明かりもつけず、食事もせず、ただ、自室に引きこもることしかできない。
昨日の夜の出来事を思い出す。
※
私は、三井先生に連れられて、母が入院している病院にやってきていた。
なぜ、謹慎中の私が学校の先生に連れられてやってくるのか。お母さんは、最初から警戒しているように見えた。病院につくまで、一瞬一瞬がまるで死刑台に上っていくかのように感じられた。
先生が、状況を淡々と説明していく。その説明が進むたびに、お母さんは深いため息をついて、身体を震わせていった。どうして、私がしたことのせいで、お母さんがこんなに苦しまないといけないんだろう。
違う。私は、お母さんだけじゃない。私を面倒見てくれていた英治のお母さんも悲しませてしまった。
※
「そうね。あなたには何か言い分があるのかもしれないわよね。でも、それを私が聞く義務もなければ義理もない。これ以上、あなたのことを嫌いになりたくないから、変な言い訳はやめてくれない?」
※
英治のお母さんの言葉が何度も頭の中で繰り返されていた。先輩と密会していた時も。あれは呪いの言葉のように思っていた自分がいた。でも、違う。そうじゃない。私は、いつも優しくしてくれていたおばさんに、あんな言葉を吐かせるほど、ひどいことをしてしまったんだ。
お母さんの様子を見ていれば、わかる。
彼女は、私のことを実の娘のように愛してくれていた。私にはふたりのお母さんがいたはずなのに。それなのに、浅はかな自分の行為が、そのかけがえのない二人の母を苦しめてしまった。
鋭利に感じた言葉は、発した本人が一番傷つくものだから。泣き出して、病院の布団に顔をうずめるお母さんの姿を見て、それがわかった。私は自分のことしか考えていなかった。
いつもは優しいお母さんと英治のお母さんが、私以上に傷ついていたことを見逃していた。
あそこまでひどい拒絶の言葉を強要していたのは、私だったのに。
どうすればいいのか、わからない。どう償えばいいのかもわからない。英治もそうだ。英治は、お父さんがいなくなった後、初めて私に笑顔を思い出させてくれた恩人だったのに。
※
「エイジは、幼馴染だったけど……しつこくて、ストーカーみたいな最低の暴力彼氏です」
「そうじゃないんだよ。これ以上、思い出を汚して欲しくないというか。やっぱり、俺たち今後とも付き合わない方がいいと思うんだ。それがきっとお互いのためだと思うから。これ以上、美雪のことを嫌いになりたくない」
※
自分の最低の言葉と、本来な被害者として、どんな言葉も許されるはずの英治の言葉を同時に思い出す。だめだよ、どうして、英治はそんなに優しいのよ。本当なら口汚くののしって、一発くらい殴っても、文句は言われないはずなのに。どうして、私の思い出を肯定してくれるの?
私、最低の彼女で幼馴染だったんだよ?
私の思い出を大事にしてるって。だめだよ。そんな思いでも否定しないと。否定されても仕方がないくらいひどいことしたんだよ、私。
一条さんは、出会ってほとんど経ってないのに、あなたの理解者になっていた。10年も付き合っていたはずの私は、英治のこと、何も理解できていなかった。自分は、最低だよ。
ごめんね。私はきっとすがる人を求めていただけなんだ。英治は優しいから、私に目をつけられた被害者なんだよ。
きちんと、お別れ言えなくて、ごめんなさい。あなたを裏切ってしまって、ごめんなさい。恩知らずでごめんなさい。会いたい。一言だけでもいい。謝らせてほしい。償わせてほしい。
そして、あなたの怒りを私に向けてほしい。遅いのは分かっている。私の謝罪じゃ、何の解決にもならない。それどころか、英治を余計に傷つけることになるはず。
私は、その第一歩としてお母さんと向き合うことを決めた。
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