第145話 近藤市議への追撃

―留置所(近藤市議視点)―

 

 今まで自分が作り上げてきたものが一気に崩壊していく。

 この激動の日々によって、自分はすべてを失っていくのがわかった。地位も名誉も金も家族も全部なくなる。死んだ親父の後を継いで、もう少しで市長の座を射止めようとしていた。その地位を得るために、わざわざ裏金を作って、中央にわいろを配って、必死に手段を択ばずに、ここまで来たはずなのに。


「なんで、息子のいじめ問題をもみ消そうとしただけなのに、こんなことに……なんで、なんで、なんで」

 精神的にボロボロだった。役所からの仕事がなくなれば、会社は終わりだ。


「大丈夫、中央の大物たちが俺を助けてくれるはず。あいつらだって、秘密を握っているはずの俺が怖くないわけがない。いざとなったら、みんな道連れにしてやる」

 大スキャンダルになるぞ。洗いざらい話してしまおう。いや、脅す。それだけで、効果はあるはず。


「近藤さん、面会が来ているよ。本来なら弁護士以外は、面会できないんだが、今回は特別だ」

 そんなことを思っていると、やっぱり来た。本来の面会のルールすら捻じ曲げてしまうほどの大物だ。きっと、あの方の使いだろう。やっぱり、天は俺を見捨ててなどいないんだ。


 駆け足気味で、面会室へと向かう。

 そこにいたのは、見知った顔の人だったが、目的の人じゃなかった。


「やぁ、近藤君。留置所は快適かな?」

 俺をこの場所に叩き落した張本人。宇垣幹事長が柔和な笑みで俺を待っていた。


「なんで、あんたが……」


「ああ、そんなことか。僕は昔、国家公安委員長だったからね。知っているだろう。警察を管轄する役職だ。だから、いろいろと知り合いが多い」

 その邪悪な笑みにぞくりとさせられる。自分の生殺与奪の権利を、この目の前の男に握られている。


 この男が、俺を殺せと言ったら、どうなるのか。食事に毒を盛られたり、自殺を装って暗殺されたら……


 口封じ。この男ならやりかねない。俺のことなど、虫けらのようにしか見ていない。


 余計なことは言うな。彼の目がそう語っている。ここのルールを捻じ曲げることもできるなら、俺の証言なんて簡単に……


 たとえ、ここで俺が死んだら、誰も悲しんでなどくれない。国民の敵で、小悪党の悪事がばれて、自暴自棄になって獄中で死亡。誰もが拍手をしながら、俺の死を喜んでいる姿が目に浮かぶ。


「誰か助けてくれ、死にたくない、死にたくない」

 椅子から転げ落ちて、壁に頭をぶつけて助けを呼ぶ。ボロボロになっていた精神がついに限界を迎えてしまった。


「おいおい、さすがに汚職くらいで死刑にはならないよ。落ち着いて。そうだ、今度、なにか差し入れをしよう。フルーツでも」

 食べ物!? やっぱりそうだ。


「毒を盛るつもりだろう。俺は騙されないぞ。絶対に生き残ってやる。こうなったら全部、洗いざらい話してやる。俺だけ地獄に落ちるつもりはないからな!!」

 幹事長は、苦笑しながら、「これじゃあ、だめだな」と席を立つ。


「絶対に、絶対に、俺は生き残る」


 ※


「バカは使いやすいな。勝手に自分の中でも物語を作ってくれるし、自分から破滅に向かってくれる」

 秘書に向かってそう言うと、彼は笑う。


「それは、近藤市議のことですか? それとも……総理のことですか?」


「さぁ、どっちだろうね。どっちにしろ、計画通りだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る