第171話 文芸部の先輩後輩
―英治視点―
先生に連絡して、俺はすぐに校門に向かう。
今日は3人で帰ると約束していたから。
「先輩、遅いですよ。罰として、カフェで甘いもの奢ってくださいね」
一条さんは、あえてそう言って場を和ませてくれた。彼女らしいな。たぶん、林さんが緊張しすぎないように配慮してくれたんだろう。さすがに、俺と顔を合わせるのは、気まずいのだろう。
「悪い、悪い。急に先生に呼び出されたんだよ。まぁ、待たせてしまったのは事実だから、ケーキくらいは……」
「言いましたね。じゃあ、限定フルーツタルト食べちゃおうね、林さん」
「ちょっと、それは高いやつじゃ……」
「えー、いいじゃないですかぁ」
まだ、出会ってから間もないのに、まるでずっと昔から知っているような会話だなと思う。
おそるおそる林さんのほうを見ると、彼女はまだ緊張しているようには見えたが、俺たちのやり取りを横目に微笑んでいた。よかった、少しは役に立てたな。
「林さん、じゃあ、行こうか。仕方がないから、ケーキセットくらい奢るよ」
「えっ、そんな悪いですよ。私、大して待っていないのに!!」
彼女はあたふたとしていたが、すべてを察してくれた一条さんは、笑ってさえぎった。
「大丈夫だよ、林さん。先輩は、後輩の女の子にかっこいい所見せたいんだから、甘えちゃおうよ」
ちなみに、こう言いつつも、一条さんは結構気にする人なので、カフェに向かう道中で「無理にあんな流れにしてごめんなさい。私も半分、あとで支払いますから、お願いします」としおらしいメッセージを送ってくれた。たぶん、彼女なりに場を盛り上げようとしていたんだろう。
「あ、ありがとうございます」
林さんは、少しだけ嬉しそうに笑った。
※
駅前のカフェでケーキセットを食べながら、俺たちは談笑する。
あえて、いじめ問題の件には触れないようにしていた。
そのほうが気晴らしになるだろうし、彼女も笑ってくれていたから。
「先輩、両手に華だったから、ほかの生徒たちからも注目されてましたね」
一条さんは、からかうかのように笑った。
「ああ、ただでさえ、一条さんのファンに狙われているのに、林さんの親衛隊まで目をつけられたらどうなることやら」
そういうと、林さんは恥ずかしそうに「親衛隊なんていませんよ」と顔を真っ赤にしていた。
「ごめんなさい、ちょっと家の者から電話です。外に出てきますね」
一条さんはそう言って駆け足でカフェの外に出て、俺たちだけが取り残された。
「青野先輩?」
林さんは、声を震わせながら俺のことをまっすぐ見た。
「どうした?」
「ごめんなさい。先輩と同じ立場になって、どんなに怖いことかわかりました。味方になれずにごめんなさい。それなのに、こんなにやさしくしてもらって……ほんとうにごめんなさい」
何度も痛々しく謝る彼女を見て、屋上で一条さんと出会った時のことを思い出した。そして、彼女は誠心誠意こちらに謝っていた。
胸が痛いくらいの悲しそうな顔で。
「林さん……」
「本当に……ごめんなさい。私がこんなにやさしくしてもらう資格なんてないのに。青野先輩の味方にならなくちゃいけなかったのに、怖くて何もできなかった。なのに、ふたりは私に寄り添ってくれる。それが申し訳ないんです」
彼女はずっと後悔し続けていたんだろう。そういうことなら、彼女だって被害者だ。そもそも、俺は林さんにいじめられていない。彼女は、いじめをとめなかったことやそれを放置したことをずっと気にしている。でも、それをしてしまえば、間違いなく林さんも被害者になっていた。いや、いじめをしている人間から距離を置いただけで、被害者になっている。
結局、いじめは人間の尊厳を傷つけるものだとはっきりわかった。
彼女をこんなに苦しめた人たちを許せない。この感情は、サトシや遠藤、一条さん、先生たちが俺に抱いてくれた感情だとわかると、身体が熱くなる。
俺を守るために戦ってくれた人たちへの感謝が湧き上がる。そして、みんなからもらったものを今度は林さんにつなげていかなくてはいけない。
「林さん、謝らなくていいよ。俺は、君がいじめに加わらなかっただけでも、本当にありがたいし、すごいと思う。それがどんなに勇気ある行為かも。同じような立場だからわかっている。だからこそ、俺は君の味方になる。なにかあったら、絶対に相談してくれ。明日、俺の信頼できる友達も紹介するからね」
「いい、んですか?」
「もちろんだよ。俺だけじゃない。一条さんも、俺の友達も絶対に君の味方になってくれる。林さんはひとりじゃない」
その言葉がどんなに欲しいか、おれはよくわかっている。
彼女は、目に大きな涙をためて、声を押し殺して泣いた。
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