第172話 思惑
―官邸(総理視点)―
近藤疑獄。週刊誌では、このネタがじわじわと大きな問題になっていくのがわかる。一番最初に報道した出版社に後追いするように、少しずつ記者たちの捜査が始まっているようだ。
数人の大臣をこちらに集めて、対策会議を開始した。開口一番、私が口を開いた。
「それで、マスコミの動きはどうなっている。やつらはどこまで疑惑をつかんでいるんだ!!」
この質問には、私の秘書が答えてくれる。
「決定的な証拠はないようですね。まだ、噂話的な内容で、元ネタも、とある関係者とあるだけですね」
これに対して、官房長官は眼鏡の後ろの眉間を渋くして、イライラを募らせる。結局、彼が一番最初に矢面に立たされるのだから、当然の反応だろう。
「しかしだね。マスコミ各社が一斉に報道を始めたら、確たる証拠がなくても、真実になってしまいかねないんだよ。週刊誌も数段階に分けて、記事を書くつもりかもしれない。ここで嘘をついたり、断定的に否定すれば、我々の政治生命にもかかわる問題になる。これはゆゆしき問題だよ」
まさに、正論だ。
法務大臣が重々しく続ける。
「この問題は、やはりできる限り早く終わらせるに限りますな。警察と検察に圧力をかけて、早期に問題解決させるようにしましょう。すべて、近藤の私欲に使った。少なくとも地方議員の汚職程度のものだったという筋書きにすれば、大した問題にもならないはずですな。しかし、問題になっている市議のバカ息子が起こしたいじめ問題で、別方面で延焼中ということは、そちらの対処も必要でしょう。学校に圧力をかける必要もある。調査はある程度やって、今わかっている範囲だけで処分して、それ以上の大きな処分など行わないようにするとかね」
その言葉に、参加者のほとんどはうなずいた。
一人の若い大臣だけが異議を唱える。
「しかし、それでは……政治的な保身を優先し、問題の本質をゆがめることになってしまいますよ。それでは、正義が成り立たない。許されないことではありませんか」
思わず苦笑してしまう。
「文科大臣。たしか、君は初入閣だったね。たしかに、大事なことだよ。そういう価値観は。でもね、君は一つだけ致命的な勘違いをしているよ。若い理想はいいけどね」
「勘違いですか?」
「そう、勘違いだ。いいかい。正義を決めるのは、君ではない。政府の判断が正義だ。つまり、我々が正義であり、正義はここで作られるんだよ」
若い大臣は、目を開いて、こちらの迫力にたじろいでいるのがわかった。
机の下で、こぶしでも強く握っているのだろう。わずかにプルプルと震えている。
「よくわかったかな? では、どうやってこの問題を終わらせるか、しっかり考えようか」
議題は進んでいく。
※
―一条愛視点―
電話が来たという嘘をついて、あえて外に出る。私がいたら、話ができないと思ったから。林さんの心の整理のためにも、しっかり言いたいことを言ってもらったほうがいい。
私たちの席は、窓際だったから、二人の様子をちらりと見る。
林さんは、泣いているように見えた。
「もう少し、待ったほうがいいかもね」
でも、林さんがしっかり伝えてくれてよかった。自分の弱みを見せるのは、難しいから。それができただけでも、大きな一歩よね。
友達として安心するとともに、先輩が私じゃない別の女の子と話していることに、少しだけもやもやしている自分もいる。
「林さんに嫉妬するなんて、馬鹿だな、私って」
先輩は優しいから、林さんがしっかり自分のことを伝えてくれれば、親身になってくれるはず。
そう思っていると、本当に黒井から着信があった。
「お嬢様、彼女が動き始めました。どうやら、文芸部員と接触するようです」
別の方向で動きが出てきたようだ。
「ありがとう。監視を強化して。最悪の場合は、介入してでも止めて」
電話をゆっくり切る、終わりの始まりが姿を見せてきたと確信しながら。
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