第37話 保身に走るクズと校長先生の授業
―近藤視点―
くそ、くそ、くそ。裏切ったやつは許さねぇ。俺たちは最寄りの警察署に連れていかれて、警官に叱られている。
『だいたい、高校生が学校サボって、あんなところに行っちゃダメだよね?』
『天田さんのお母さんから無断外泊で捜索願が出ているみたいだよ』
『まだ学生なんだから、無責任なことしちゃダメだからね』
警官が親に連絡するという話をすると、美雪は明らかに狼狽して、「それだけはやめてください」とすがりついた。
しかし、警官は無慈悲だ。
『そういうのはできないの。だって、キミ、親に捜索願まで出されているんだよ。向こうだって心配している。高校生なんだからそれくらいわかるよね』
その言葉を聞いて、美雪は泣き崩れた。
だが、俺には希望に聞こえた。
だって、そうだろう。この口ぶりなら、学校にまでは警察は連絡しないはず。さっきは、動揺して逃げてしまったが、ここからは好青年を演じて逃げ切るしかない。そうとすれば、ここからは人生を賭けた演劇だ。
「美雪は悪くないんです。俺が無理を言って誘ってしまったのがいけないんです。彼女、実は昨日の夜に親と喧嘩したらしくて、家に帰りにくくなってしまったみたいで。それで、俺があんな所に誘ってしまったんです。俺はどうなってもいいので、彼女の親だけには……」
どうだ。殊勝な彼女を守る好青年に見えるだろ。
「いや、そうは言ってもね。学校はともかく親には連絡しなくちゃいけないんだよ。俺たちだって仕事だからさ」
言質をとった。やはり、警察は学校には連絡しない。これで、俺の推薦は守られる可能性が高い。あとは父さんが来てくれればうまくやってくれるはず。
「じゃあ、美雪の親御さんには俺からしっかり謝ります。美雪のことだけは……」
そう言って、わざと震える。これで泣いたふりをすれば完璧だ。
俺も政治家の息子だ。どうやって人の心をだますかくらい心得ているつもりだ。
「わかった。彼女の親御さんにはこちらから説明するから。申し訳ないけど、親には連絡するからね。次からは絶対にしないように」
俺は恋人のために頭を下げる好青年を演じながら、逃げ切りを確信する。
※
その後、1時間程度で父さんが身元引受人としてやってきた。
「この度は、バカ息子がご迷惑をおかけしました」
さすがは政治家だ。本当に申し訳なさそうに謝るな。
ちなみに、親父は俺の耳元でこうつぶやいた。
「いいか。補導くらいでは学校に連絡はいかない。だが、スキャンダルの火種にはなる。俺は、次回の市長選に立候補する予定なんだ。女遊びはほどほどにしろ。あと、1年は大人しくしていろ。今回の件は、地元に広まらないようにもみ消す。お前の推薦にも影響がでないようにしてやるからな」
あ~、人生楽勝すぎる。父親が優秀で本当に良かった。補導なんて、ある意味、武勇伝だよな!!
上級国民の息子って立場、最高!! だが、その後すぐに来る美雪の親は、俺の予想のはるか上の反応を見せることになるとは、この時、思いも知らなかった。
※
―エイジ視点―
今日も、一条さんと一緒に帰ることになった。
「センパイ!! 補習はどうでしたか?」
「うん、かなりわかりやすかったって感じだな」
実際、先生たちは1対1なこともあって、かなり親切に教えてくれた。
英語の授業は、校長先生が教えてくれた。
※
「青野君。私の学校で、キミには本当に辛い思いをさせてしまったね。申し訳なかったね。高柳先生でも三井先生でも私にでも心配なことがあったらすぐに話すんだよ。生徒は教師に甘える義務があるんだからね」
※
そう大きな体を揺らしながら、包容力ある優しい言葉で語りかけてくれる。
先生は20分程度で、教科書の単元の重要な文法や単語、言い回しをわかりやすく教えてくれた。
「よし、では、残りの時間はリスニングとスピーキング能力強化の時間にしよう」
彼は笑いながら、パソコンを使って、海外のコメディドラマを教材に、生の英語を教えてくれた。授業の朗読音声と比べて、海外ドラマの音声は本当に早いし、スラングもある。
先生は、大事なポイントではその都度、映像を止めて、解説してくれた。
「ここはね、ふたつの言葉が合体して聞こえるんだ。ネイティブはねこういう風に発音するんだよ」
「この「wanna」という言い回しは、日本の高校の英文法にはなかなか出てこないけど、アメリカ英語では日常的に使われるんだ。イギリス人はアメリカ弁みたいに思っているところもあるらしい。これはね、「want to」という意味と同じで、「○○したい」という意味がある。青野君は、アルマゲド〇という映画を見たことがあるかな? そう、隕石が地球に降ってくるのを止める映画で、あの映画の主題歌の歌詞にも使われているんだよ。目を一瞬でも閉じたくない。眠りたくはない。その一瞬を記憶していたいって、あの映画の主題歌では言っているんだよ」
校長先生の英語解説は、わかりやすくて本当におもしろかった。先生は、ラグビー選手だったけど、映画鑑賞も趣味で、家に数百本のDVDやブルーレイがあるらしい。
今回、教材に選んだドラマも先生の一押しで、理系のモテない天才たちがバカをやるラブコメドラマだった。俺の気分を落ち込ませないように、このドラマを選んでくれたのがよくわかる。とてもありがたい配慮だった。
※
「校長先生の授業ってそんなに砕けているんですね。面白そう!! 本当にセンパイって周囲の人に恵まれていると思いますよ」
そりゃそうだな。だって、目の前に出会って数分で、俺の最大の理解者になってくれた女の人がいるし。
「それで、センパイ。ごめんなさい。大きなお世話かもしれないけど、会わせたい人がいるんです」
一条さんが校門に目を向けると、泣きそうな顔をしている文芸部の後輩、林さんが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます