第16話 学園のアイドルと一緒に登校

 運命の朝がやってきた。

 サトシには、今日登校すると伝えた。でも、正直、恐怖しかない。

 昨日と同じ悪意にさらされるのは嫌だ。


 ネットの炎上とかもこういう感じになるのかな。無関係の人まで、俺に対して悪意を向けているように思えてしまう。


 朝食のトーストは、コンソメスープで流し込んで無理やり食べた。ストレスから胃が痛く、吐き気も感じている。


 最悪の体調だ。


「行ってきます」

 仕込みをしている母さんと兄貴に伝えて、外に出た。太陽がさんさんと照らされていて、身体が余計に重くなる。


 ブレザー姿の女の子が家の前で待っていた。もしかして、美雪か。そう思って、拒絶感から背中に冷や汗が止まらなくなる。


 だが、振り返った彼女の姿は、まるで天使のように優雅だった。

 美雪ではないかけがえのない友達がそこにいた。


「あっ、先輩。おはようございます」

 家の前に一条愛がいた。非日常的な瞬間を目撃して、俺は家の扉をもう一度閉じる。


「えっ!! なんで閉めるんですか? 今日は一緒に学校に行こうと思って、早起きしてきたのに」

 ちょっと動揺して騒ぐ後輩が余計に非日常感を強調する。


「あら、愛ちゃんの声! 迎えに来てくれたのね。早く行きなさい、エイジ。女の子、待たせるなんて失礼でしょ」

 そう言いつつ、母さんもノリノリで一条さんに挨拶しに来てしまった。


「おはよう、愛ちゃん。わざわざ来てくれたの? バカな息子のためにありがとうね。あっ、そうだ。愛ちゃん、カキフライ好き? 今日からカキフライ始めたから、今日の夜とかぜひ食べに来てね。タルタルソースたっぷりのカキフライ、大人気の季節限定メニューなのよ。あなたならいつでも無料だから!!」

 おばさんトークがさく裂した。


「あっ、センパイのお母さん!! おはようございます。カキフライ大好きなんです。でも、何どもおごっていただくのは悪いので、今度はしっかりお金を払いますよ」


「あらあら、やっぱりしっかりしているのね。気にしなくていいのよ。うちはテイクアウトもできるから、気軽に言ってね」


「はい、ありがとうございます!! カキフライ楽しみにしてますね」

 相変わらず母さんと一条さんの相性は良い。話が止まらないし、母さんも後輩も無理していないのがわかる。


 ほら、行ってきなさいと送り出されて、俺は半ば無理やり外に出されてしまった。


「それじゃあ、ふたりとも、いってらっしゃい」

 

 ※


 俺たちは、通学路を歩く。少しずつ生徒たちの姿が見えてきた。

 正直、一条さんが一緒に通学してくれたおかげで、恐怖心はかなり軽くなっていた。お互いに気軽にトークできる相性なこともあって、こんな状態でも笑って登校できた。


 彼女は、本当にカキフライが好きらしい。


「でも、大丈夫か。俺と一緒に登校していたら、一条さんまでいじめられるんじゃ……」

 そんな心配事を彼女は一笑に付してしまう。


「そんなわけないじゃないですか。自分で言うのも、アレですが、私って結構人気あるんですよ。異性にも、同性にも」

 実際、彼女に関しては悪いうわさなんて聞いたことがない。たしかに、告白は無慈悲に斬り捨てるが、後腐れとは無縁らしい。容赦なく告白を拒否するものの、しっかり誠実にフォローすることもあって、逆恨みすること自体、おこがましいみたいな風潮が出来上がっていた。


 男性にもモテるけど、女性にもモテる稀有な性格だしな。優しいし、面倒見も良いと評判だ。


「そりゃあ、そうだろうけど」


「センパイは、もっと使えるものは使った方がいいと思います。私と一緒に歩いていれば、かなり安全ですよ。少なくとも、面と向かって暴言を言われる危険性はかなり低くなるはずです」

 そりゃあそうだ。数人の生徒とすれちがったが、それを目撃した生徒は、俺に暴言を吐くよりも先に驚きの声をあげていた。


『なんで、男嫌いの一条さんが、男と一緒に歩いているんだ!?』

『おい、あの男、うわさの"青野"じゃないか。もしかして、無理やり……』

『いや、それはないだろ。だって、一条さん、あんなに楽しそうにしてるんだぜ』

『だよな。あんなに楽しそうにしている彼女、初めて見たぜ』


 こんな感じの反応ばかりだった。


「うまくいけば、あの誹謗中傷も、今日の噂に上書きされちゃうかもしれませんよ。第三者の興味何て、無責任なものばかりですから。だいたい、熱愛疑惑の方が女子は好きですし」

 彼女は、嬉しそうに笑った。


「でも、それでお前の評判が下がるのは嫌だ」


「センパイは、優しいですね。でも、それは気を使いすぎです。親友と一緒に登校するくらいで、下がる評判なんて、私はいりません。あなたの人柄もろくに知らずに、悪意を向ける人なんて、こっちから願い下げです」

 まだ、知り合ってから1日しか経ってないのに。


「本当にお前たちは……」

 すごい親友を持つことができて、何度もうれし泣きをしそうになる。

 

「泣くのはまだ早いですよ。全部終わったら、一緒にたくさん泣きましょう」

 サトシのおかげで、学校に行く決心がついた。

 一条さんのおかげで、一緒に戦う決意ができた。


 人間不信になりかけていたが、まだ人を信じることができそうだ。

 俺たちは一歩ずつ前に進む。


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