第110話 近藤市議のレクイエム
―近藤父視点―
ついに、この時が来た。記者会見用の予約されたホテルのホール。そこには数十人から数百人の報道陣が待ち構えていた。
震えながら、壇上に上がると、カメラのフラッシュで目がちかちかする。今までに向けられてこともないくらいたくさんのカメラに思わずたじろいでしまう。
「皆さま、お忙しいところお集まりいただきありがとうございます。それでは、近藤市議による今回の不祥事の説明会見を始めたいと思います」
司会の支部長は、早くも死刑執行を始めてしまった。こちらの心の準備など、気にもしていないようだ。
「このたびは、私と息子の引き起こした事件の件で、ご心配をおかけしまして、申し訳ございません」
こちらが頭を下げると、さらにフラッシュが多くなる。
中には「ご心配なんてしてねぇよ」や「早く本当のことを言え」のような露骨な陰口が混じっていた。
「議員。ご子息の暴行事件に関して、隠ぺいするために学校や被害者家族を脅迫したというのは本当ですか?」
「投票した市民への責任はどうとるつもりですか?」
「明確な犯罪行為をしたという自覚はありますか?」
矢継ぎ早に質問が繰り返される。もう完全にヤジだ。
「そちらに関しては、現在、捜査が行われていることですので、詳細は差し控えたい……」
言い終わる前に怒声が飛ぶ。
「そんな言い訳が通るわけないだろ」
「市民をバカにするのも大概にしろ」
「あの録音があって、まだ言い逃れができると思っているのか」
「朝の黙れ発言はどういうつもりですか」
罵詈雑言にたじろきながら、背中に汗が流れ落ちていくのがわかる。
「時期が来たら、必ずお話しますので」
この言葉がさらに火に油を注ぐ形になってしまった。
記者たちは椅子から立ち上がり、まるでこちらに飛びついてくるように動き始めた。
司会の支部長が「みなさん、落ち着いてください。近藤君、キミには説明する義務がある。しっかり答えるんだ」と注意が飛んできた。くそ、くそ、くそ。もうどうにでもなれ。全部、話してやる。
「今回の件は、私は息子の未来のために、動いただけで……直接的な暴力などは、私は何も関与していません。息子が勝手にやったことです」
その瞬間、カメラのフラッシュは最高潮に達する。
「秘書じゃなくて、息子が勝手にやったこととか」
「事実上認めたよな」
「やばすぎだろ」
その中には失笑が混じっている。
「脅迫疑惑については、息子の逮捕で気が動転していただけで、そんなに強く言ったつもりはないんです。焦っていた、言い間違えた。それだけで……」
緊張と不安から思わず涙があふれてくる。おえつが止まらなくなる。
「あの録音が言い間違えとか……」
「なんか、目がやばくない?」
「泣き始めちゃったぞ」
声がうまく聞こえなくなっていく。
「俺は、今まで一生懸命やってきたんですよぉ。なのに、なのに……だいたい、支部長もひどいじゃないですか。いつもは、俺に金の件で頼り切っているのにぃ。こんな時は、すぐに斬り捨てる。あんたが、今の地位に就くまでに、どれほど支援したのか、本当に分かっているんですぁ」
言ってはいけないことを口走る。追い詰められたらすべてを白状してやるつもりだった。いいぞ、これでいいんだ。やってやった。落ちるなら、支部長も一緒にだ。
「何を言っているんだ、キミはァ!! いくら嘘でも、言っていいものじゃないぞ!!」
慌てふためく支部長の様子を見て、少しだけ溜飲が下がる。しかし、これは自分にとっても開けてはいけないものだったことはずなのに、正常な思考ができなかった自分はそれに気づくことができなかった。
記者たちは、美味しそうな獲物に飛びつかないはずがなかった。
「それはつまり裏金ということですか!!」
「議員。買収したことをお認めになるんですか?」
「それはきちんとした会計処理されているんですか?」
特ダネやスクープの匂いに敏感な報道屋たちは、熱を上げていく。
阿鼻叫喚の地獄が誕生した。
支部長は、「ですから、誤解です。近藤市議が、苦し紛れに言っているだけですので、どうか落ち着いてください!!」と必死に弁明している。嘘じゃない。俺の市長就任をサポートする見返りに支部長には裏金を渡していた。これが明らかになれば、大事件になるはず。
しかし、この混乱は一人の男が静めてしまった。
騒がしいホールの靴音が響いた。その瞬間、全員がそちらを見つめる。背筋を伸ばしたひとりの壮年の男性がゆっくりと登壇してくる。その男が誰かすぐに気づいた。この場においては、知らない人はいないはず。
「なんでここに……」
「本物だ」
「与党のナンバー2がどうして」
登壇した男はゆっくりと、俺の隣に腰かける。
「皆様の質問には、ふたりの代わりに、私が答えましょう」
彼はふわりとした笑顔で、堂々とそう宣言する。
俺は、思わず言葉を漏らしてしまう。
「
政権与党のナンバー2であり、党の人事権と予算権を握る大物。史上最年少の45歳でその地位にまで登りつめた怪物は、その資金力と政治力で「影の総理」とも呼ばれている。
その大物は、他には聞こえない声でぽつりとつぶやいた。
「近藤君。覚悟はできているんだろうね?」と……
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