第111話 近藤市議、逮捕

―近藤市議視点―


 幹事長は、いつものようににこやかに微笑んでいるが、目は笑っていなかった。鋭い眼光と怒りに満ちた視線。虎の尾を踏んだことを否が応でもも自覚させられる。


「えっ……」


「いいですか、政治家同士の政争というのは脅しなんて言葉は使えないんですよ。叩き潰す覚悟がなければ、簡単に踏み入れるなということです」

 その言葉は、俺に向けられた宣戦布告だった。この会場で、こちらにしか聞こえないように凄みのきいた怒りの言葉。


 そして、本物の上級国民は、まるでこちらをゾウに踏みつぶされるだけのアリのように憐みすらみせずに処断してきた。


「それでは、会場の皆様には、私の方からも近藤議員の件について深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございません」

 幹事長は簡単に頭を下げてしまった。会場が大物の謝罪を受けて騒然となる。そもそも、彼は今回の件で全く関係がないはずなのに。どうして、謝っているんだ。自分も含めて、そう思う人間が大多数だった。


「そして、この不祥事の件について、こちらとしてもコンプライアンスと党紀粛正のために、しっかりと調査を行いました。一市議会議員とはいえ、有権者の皆様の信任がなければ、我々は仕事を行えません。今回の調査は、自浄作用のために行いました。そして、ひとつの事実が判明しましたので、この場を借りて、ご説明したいと思います」

 額にあぶら汗が流れ落ちる。


「まず、わかったことが2つあります。近藤市議の脅迫は、息子さんの不祥事をもみ消すために日常的に行われていたものと思われます。こちらの詳細は、すでに警察の方にも証拠を提出済みですので、あとは司法の判断を待つしかありません」

 何を言っているんだ。この人は。いつ、調べたんだ。たしかに、息子の件で脅迫まがいの行為をやったことは何度かある。だが、それは秘密裏に処理したはずなのに。証拠? もしかして、誰かが裏切ったのか。会社の人間か。くそ、どうなってる。


「そして、さきほど近藤市議が自ら告白した金銭問題についてですが、党の方で、彼の会計書類や政治資金収支報告書などを確認したところ、複数の改ざんや隠ぺいの跡がありました。今、手元にお配りいたしますのが、その証拠となります。近藤議員もどうぞ、見てください」

 顔面が蒼白になるのがわかった。サーッと血の気が引いていく。

 買収や支部長のような有力者への賄賂。そのために、書類を改ざんして、余った金を自由に使えるようにプールしていた。そして、その賄賂で、俺は市議会で確固たる地位を固めて、ついに市長選への道筋ができたはずだった。


 それが完全にばれている。こいつは、俺を切り捨てるつもりだ。


「(なにか言い訳はあるかね、近藤君? すでに、キミの除名は確定している。警察への告発もすでに行っている。キミと支部長には犠牲になってもらうよ。キミの賄賂が、中央のどこに流れたのかもだいたいは把握済みだ。早急にキミたちに詰め腹を切らせれば、被害は軽くなる。これはあくまでも、キミたち2人の不正であり、これ以上、傷が広がる心配もない。ボクも、キミたちと仲が良いあの派閥へ恩を売れる。いいことづくめだろ)」

 絶対にこちらにしか聞こえない小声で、こちらにつぶやく。チェックメイトの宣言だ。もう、どうすることもできない。


 まるで、人をおもちゃのように扱っているなと、どこか他人事のような感想しか抱けない。


「そんな。だって、俺は今まで命がけで……必死にみんなのために……市長になった後は国政に参加して……嘘だ、嘘だ、嘘だ。こんなのってあんまりだ。うわあああん。俺の人生はもうめちゃくちゃだ」

 感情がメチャクチャになって、支離滅裂な泣き叫ぶ声を荒げてしまう。

 すぐに報道陣は、その様子を面白おかしく報道するためにカメラを向けている。


 泣き叫びながら、壇上を降りて、出口に向かって駆け出した。振り返った時に、幹事長は苦笑したように、こちらをあざけ笑っていたのが見えた。報道陣がこちらを取り囲もうとしていたが、振り払って、出口の扉を開いた。だが、そこには数人の制服を着た警官が待っていた。


「近藤さんですね。署でお聞きしたいことがありますので、ご同行願います」

 幹事長が手配していたはずの屈強な警官たちに腕をつかまれて、逮捕状などの事務的な話をされる。しかし、頭に入ってこない。


「なんで、俺が逮捕されなくちゃいけないんだよ。俺は社長で市議会議員で偉いんだよォ」

 そのむなしい虚勢に誰も反応してくれない。抱きかかえられるようにして、俺はホテルの外へと連れていかれた。

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