第112話 同級生たちの・・・

―村田律視点―


 今日の授業はやっと終わった。スマホでニュースサイトを見る。近藤先輩のお父さんの記事で持ちきりだった。


『号泣&逃亡会見!! 一瞬でお縄』

『黙れと暴言市議。逆に黙らされる』

『疑惑市議。脅迫だけじゃなく不正献金も?』

『俺は偉いんだという言葉を残して、逮捕!! 疑惑市議の薄っぺら人生』

『前代未聞の逃亡会見。市議息子は自称・上級国民!?』

『いじめとパワハラの総合商社!! 従業員は語る逃亡市議の日常』

『逃亡市議に逆説教。脅迫を拒絶した校長に賞賛の声』

『被害者家族は語る。先生たちには感謝。市議は地獄に落ちて欲しい』


 センセーショナルな見出しが並んでいる。その様子を見て、怖くなった。

 ニュースには、近藤先輩が青野君をいじめていた疑惑も特集されており、お互いの名前は伏せられているが、いじめの詳細まで週刊誌のオンライン記事には取り上げられていた。そこには、学校側のコメントも書かれていた。


「いじめについては、現在調査中ですが、問題を起こした生徒に関しては、厳正な処分を検討しております。いじめは犯罪であり、警察とも協力して事実確認を行っております」

 このコメントのあとに、どこかの大学の教育学部の教授が「今回の事例は、報道されている限りでは、学校側の対応は素晴らしいものだと思います。いじめは、犯罪という認識がさらに広がれば、いじめは減るでしょう。今回は、現場の見本のような環境」という感想が寄せられていた。


 自分の良心がぐらぐらに揺さぶられていく。どうして、なにも調べようともせずに、サッカー部に協力してしまったんだろう。


 昼休みの終わりに、高柳先生が教室にやってきて、私を含む数人の生徒に放課後に職員室に来るように告げた。そのメンバーの顔をみたら、要件はすぐに分かった。青野君への嫌がらせに協力したサッカー部以外の生徒たちだったから。同じクラスのサッカー部員は、2人とも今日から謹慎になっている。別途、処分されるらしいと噂も聞いた。


 もう、自分たちは終わり。教室もそれを察して、お通夜のような雰囲気になっていた。気が気じゃない。午後の授業は、なにも頭に入らなかった。


 そして、放課後になってしまった。

 私たちは無言で職員室に向かった。


 ※


 職員室で、私たちはバラバラにされて、数人の先生たちがそれぞれ事情を聞くということで、1人ずつ空き教室に案内された。私の相手は、担任の高柳先生だ。


 先生は、ゆっくりとこう聞いてきた。


「青野へのいじめの件で、呼び出させてもらったよ。こちらでもある程度調査は完了している。もう、ごまかさずに、自分の口から語って欲しい」

 その表情は、もう逃げられないぞと警告している。

 血の気が引く。


「……」

 怖くて何も言えなくなる。両親の顔が浮かんだ。この学校に入学した時に喜んでくれた二人の顔が……


「厳しいことを言うが、こちらも昨日の全校集会で期日を設けていたよな。それを無視した村田達には厳しい態度で臨まないといけないと思う。言いたいことはあるか」

 大人の声だった。怖くなるほど冷たい。


「私たちは、だまされていたんです。青野君が、美雪に暴力を振るっていたと聞かされていたから、それで……」


「たしかに、そうかもしれない。でもな、村田。だからといって、キミが青野に何かしていいっていう免罪符があるわけじゃないんだよ。人を裁けるのは、司法だけで、それ以外の人間が、他の人を裁いちゃいけないんだ。私刑リンチは立派な犯罪だ」

 理知的にこちらを説得していく先生に震える。


「知らなかったんです」


「そうだな。嘘を教えられた村田達に同情できるところもある。でも、今回の件で、青野は無罪だったわけだ。罪もない青野に、ゆがんだ正義感をぶつけて一生残る心の傷を与えてしまった。その責任は、しっかり取るべきだと思う。村田だって、いきなり、えん罪を押し付けられて、暴力や嫌がらせをされたらどんな気持ちになるかくらい想像できるよな?」


「は……い」

 親に言わないでください。許してください。そうやって、泣き叫びたい気持ちが爆発しそうだった。私は成績もよかった。もしかしたら、来年は大学に推薦入学できたかもしれない。でも、ここで経歴に傷がつけば、それができなくなる。


 怖い、怖い、怖い。


 でも、それ以上の感情が、恐怖心を押さえつけていた。

 自分が青野君と同じ立場だったらどうなるかを想像してしまったから。落ち度がないことで、悪者にされて、私たちは彼に弁明の場すら与えずに、SNSをブロックまでしてしまった。嘘の悪評の拡散にも協力してしまった。机の落書きとか他の嫌がらせにも積極的に参加した。そして、先生たちが設けてくれた相談する余地すら無視して、自分の保身に走ろうとした。


 最低だ。たしかに、騙されていたのかもしれない。でも、許されることじゃない。自分が同じ立場だったら、学校に来れなくなる。違う、たぶん、死にたくなる。そして、外に出ることもできなくなって、一生を棒に振るかもしれない。なんで、そんなことがわからなかったんだろう。


「先生」


「ああ」

 自分の覚悟が決まったと理解してくれたらしい先生は、頷いた。


「私は、青野君のいじめに加担してしまいました。彼にSNS上でひどい暴言も言いました。嘘の情報も拡散しました。いやがらせにも、参加しました。親にもしっかりそれを伝えます。学校の処罰も受け入れます。だから……青野君に謝罪することはできませんか。それで、罪が軽くなるとも思えません。でも、謝らなくちゃいけないって思うんです」

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