第113話 遠藤の帰り道

―遠藤視点―

 

 学校が終わり、靴に履き替えて、グラウンドに出る。普通なら部活の時間で、外は盛り上がっているはずだが、花形の部活は活動停止になっているせいか、かなり寂しくなっているように感じられる。


 サッカー部の生徒の大部分が謹慎になった。いじめ問題に連座して。すでに、ボロボロになるように揺さぶった後だったので、内部リークや裏切りが続出しているらしい。おかげで、関係者は逃げることができずに、サッカー部以外のいじめに加担した生徒まで特定が進んでいるようだ。


 自分の揺さぶりは、無駄じゃなかったんだなと思う。このまま、サッカー部は廃部に向かうようだ。近藤は、サッカーで目立つ存在だったので、ネットですぐに特定された。まさか、父親の市議にまで問題が波及するとは思いもしなかった。


 逃亡市議。ひどい醜態しゅうたいだったな。このまま、父親が社会的に抹殺されたら、近藤の帰る場所はなくなるだろうな。


「一樹、遅いよ。いつまで、待たせるのよ」

 正門で思わず呼び止められて、びくりとする。そこには、別の学校の制服を着た女の子がいた。


「ゆみ。どうして……」

 堂本ゆみ。いや、驚くことはない。この前、今度遊ぼうと言っていたし。駅前にいるはずなのに。


「せっかく、仲直りしたんだから、遊びたいなと思って。さすがに、3年間会えなかったから、寂しかったんだよ。だから、少しでも早く会いたくて」

 そのしおらしい様子に、一瞬、あの言葉を思い出してしまう。


「ところで、俺と遊んでいていいのかよ。受験とか……その、彼氏とか」

 ゆみは、笑う。あの時に戻ったかのような元気な笑顔で。


「大丈夫よ、遊んだ後は塾に行くし。それに、彼氏はいない。誰かさんのせいで、少し男の人が怖くなっちゃったから、高校生になっても、独り身だよ」

 その少し不貞腐れた感じが、懐かしいあのころと一緒だった。

 そして、最後の言葉にチクリと胸が痛む。

 こちらの深刻そうな顔に気づいたのか、ゆみは少しあわてて、冗談めかして否定する。


「冗談だよ、そんな深刻な顔しないで。ちょっと、仕返ししたかっただけで……」

 少しだけ安心して、おれもいつものように言い返した。軽い感じで。


「だよな。ゆみは、もともと気さくで男子からも人気あったし」

 友達感覚で付き合ってくれるんじゃないかと思って、多くの同級生が突撃して、沈んでいったのを知っている。


「あっ、そこは冗談じゃないよ。今まで、彼氏作ったことないもん。だって、まだあの返事もらってないから……ごめん、ちょっと気持ち悪いこと言っちゃった。忘れて。今日は受験勉強に疲れた幼馴染を全力で癒してね!」

 本当に心がいっぱいになる。


「ああ。ところで、俺が部活で遅かったらどうするつもりだったんだ? 待ち合わせの時間までまだ、少しあるよな?」

 単純な疑問を聞いてみた。


「それは大丈夫だよ。遅かったら今井君にお願いして呼び出してもらう予定だったし」

 なんで、ゆみと今井はここまでつながっているんだよ。そう苦笑しながら、復讐を忘れて放課後を楽しもう。


「どこ行く?」


「ケーキ食べたいな! あと、ゲームセンター!!」

 失った時間を取り戻すかのように、俺たちは急速にあの頃に戻っていく。


 ※


―エリ視点―


 放課後になった。自分の目はうつろで、とぼとぼと外に出た。


 近藤君が逮捕された。いじめ? 暴力? 私は何も聞いてないし、知らなかった。


 みんな噂してる。天田美雪と近藤君は、付き合っていたって。あの写真は本物だったのね。


 じゃあ、私はなに!?

 今まで全部、彼に捧げていたのに、何も知らない。何も教えてもらっていない。どうして、どうして、どうして。


「ケーキ食べたいな! あと、ゲームセンター!!」

 正門の前で元気な女の声が聞こえる。私の知っている女の声だった。


「一樹とゆみ?」

 こちらの声は、幸せそうな二人には届かない。そっか。そうだよね。汚れた自分は、あの幸せそうな幼馴染には近づくことすら許されない。


 楽しそうに前に進む二人を見送った。自分は、正門の前に立ち尽くすことしかできなかった。

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