第114話 英治と愛の帰り道

―エイジ視点―


「先輩、お待たせしました!」

 校門前で待ち合わせしていた一条さんは少しだけ遅れてやってきた。遅くなっていたから、教室に迎えに行こうとしていたが、合流できてよかった。


「大丈夫? 息きれてるよ」

 その言葉に彼女は、苦笑してうなずいた。


「大丈夫です。少し野暮用で、先生たちに呼び出されていたんですが、何も問題ありません。それよりも、今日はどうしますか?」


「うん。実は昨日、声をかけてくれた編集者さんが、できれば5時くらいから顔合わせできないかって連絡があったんだよね。駅前のカフェに来てくれるみたいだから……」

 目の前の後輩は、その言葉を聞いて自分のことのように目を輝かせてくれる。


「すごいですね!! どんどん話が進んでますよね。じゃあ、他に書いた作品も読んでもらうんですね」


「ああ、いくつかはメールに添付して送っているから、その感想も聞けると思う。でも、かなり緊張するよな。ボロボロにけなされたら怖い」


「大丈夫ですよ。読ませてもらったけど、全部、おもしろかったですから!」

 そう言ってもらえると、どこか安心できる。


「なら安心だな。一条さんは、小説に詳しいし」


「ですよ、ですよ! 打ち合わせまで、まだ1時間半くらいありますし、駅前のどこかで時間を潰していきましょう。打ち合わせまでには、帰るので少しだけ遊んでください。その方が一人で待つよりも気が晴れます!」

 

「もちろんだよ。どうしようか。ゲームセンターでも行ってみる?」

 あんまり騒しい場所に行かなそうな一条さんを誘うのは少し緊張したが、その提案に目を輝かせているお嬢様の姿を見て安心する。


「いいんですか?」


「いいよ。むしろ、一条さん的に大丈夫かな。怖い黒服の人が来て、怒られたりしない? 禁止されたりしてない?」

 

「ふふ。たしかに、良い顔はされないかもしれませんが、今日くらいは大丈夫ですよ」

 大丈夫なのかどうかよくわからないけど、まぁいいや。うちの学校の校風はかなり自由なので、よほど羽目をはずさなければ、怒られることもない。


「じゃあ、行くか。ちなみに、行ったことは?」


「ありません!! 実はずっと憧れていたんですよね。ぬいぐるみを取りたいです。あと、レースゲームとか。テレビで特集されていたのを見て、楽しそうだなって。クラスの人たちも行っている話を聞いていたんですが、なぜか誘ってもらえなくて。たぶん、変に気を遣わせてしまったんだと思いますが……」

 いつになく楽しそうに話をする彼女を見て、こちらまで嬉しくなる。まだ、遊びにも行っていないなのに。


 こうやって、俺たちは一緒に前に進んでいく。


 ※


―高柳視点―


 確保した天田は、情緒不安定でひとりにしておくことも危険だと判断して、保健室で保護することになった。同性の三井先生と二人にして、落ち着くのを待つ。


「しかし、たまたま調子が悪くなった一年生が、保健室に向かう途中で、不審にうろついている天田さんを見つけて助かりました」

 校長先生は、ほっと息をつく。


「しかし、天田さんの保護者さんは、現在入院中だとか。このまま一人にするのは心配ですね。なんとかしないと。屋上のドアは、不具合でカギが解除できてしまったようですね。再発防止のために、すぐに修理しておきましょう」

 教頭先生は、すぐに動き出す。屋上の方はこれでとりあえず、大丈夫だろう。

 

 たぶん、一条は嘘をついていると思う。偶然にしてはできすぎだし、彼女は天田を追いかけたはずなのに、屋上では一条の前に立っていた。止めるために、前に出たのかもしれないが……それにしても不自然。だが、学校側としては感謝するしかない。生徒の自死を防いでくれたのだから。


 まるで、高校生離れした生徒と聞いている。彼女のことも今後は注意深く観察する必要があるだろう。出自が出自だ。闇を抱えていてもおかしくない。


 天田の証言にもあった文芸部についても、明日以降に詳しく調査を進めていく。逃げ得は許さない。青野の私物を勝手に処分したことを口実にどこまで深く攻められるかだな。


 ※


―部長視点―


 家に逃げ帰り、何も食べずに部屋に立てこもる。また、短編を一作書き上げた。

 それを投稿サイトにアップする。今度こそはきっとうまくいくはず。


 何も口に入れなかったせいで、お腹が空いた。

 お母さんは仕事に行っている。何か作るのも面倒だ。


 駅前のどこかで軽食も食べよう。そう思って、なんとか外に出た。

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