第203話 部長の取り調べ
―とある警官視点―
取り調べ室に入る。そこには、凶悪な事件の主犯とは考えられないくらいの絵にかいた優等生がいた。なるほどな。このビジュアルは、今まで悪いことを隠すのに役立っただろうな。
すでに、事前の調査資料はすべて目を通していた。
近藤市議の息子に入れ知恵し、後輩のいじめを行うために操っていたこと。
そのメッセージのやりとりに特殊なSNSを活用し、証拠が残らないように暗躍し、失敗したこと。
すべてが露呈しかけたことに焦り、情報を持っている女子生徒の襲撃を企てて、サッカー部員たちを操ったこと。
時代が時代なら、傾国の美女ですな、こりゃあ。
警官になってからもうすぐ30年。ここまで、計略家の高校生。末恐ろしい。
その知恵をどこか別のところに使えなかったものなのかな。
思わずため息が出てしまった。彼女は、入るなりため息をついた私に、ムッとしている。どうやら、まだ完全に心は折れていないらしい。今日は長くなるな。
「はじめまして、立花さん。今日取り調べを担当する古田です。よろしくお願いします。他の人からね、聞いたよ。自分は無関係って言い続けているみたいだね。そこを詳しく、おじさんに教えてくれるかな?」
かすれ声で優しく語り掛ける。まずは、話ができるように、場を温める。
「何度も言っているじゃないですか。ただの冗談だったんですよ。なのに、近藤君が本気にして。サッカー部員の人たちの暴力事件もよく知らないんです。後輩が、何かに焦って計画したんじゃないですか。なにか、決定的な証拠があるんですか!!」
震えた小動物を装いながら、ずいぶんと話す内容は高圧的だ。
これが彼女の本性だろう。どこか暴力的で、人を操ることに快感を求めるタイプ。
家族構成は、教育熱心な母親と仕事人間の父親。よくいるエリート家族。
どこか選民思想でも漂ってきそうな。
「そうですか。では、確認です。あなたはなぜ、近藤君とのやりとりであんなマイナーな海外のSNSを使用したんですか?」
こういう相手には、じっくり議論を戦わせてみるのが一番。
「そ、それは……近藤君とは、少しだけ、付き合っているみたいな関係になったことがあったから。だから、恥ずかしいやり取りとかしても、簡単に痕跡を消せるあのアプリが都合がよかったんですよ」
なるほど、確かにうまい言い訳だ。
「なるほど。では、青野英治君の私物や小説の原稿が盗まれた件については? あなたの後輩さんは、あなたに指示されたと言っているんですよね」
彼女の行動は予想通りだった。まるで、作り物のような反応だな。
「違います。それはみんなが、私に罪をなすりつけようとしているんです。それこそ、私がみんなに指示したという証拠がない!!」
「だが、証言はたくさんあるよ。部員のほとんどが、青野君の原稿や私物を処分したのは、君の指示だったとね。しっかりとした証言の積み重ねは、たしかな証拠に近いものがあるんだよ」
「それは……」
どんなに賢く装っていても、やはり、高校生だな。
「それに面白いことがわかったんだ。青野英治君が殴られた日。君も現場の近くにいたみたいだね。監視カメラにしっかり映っていたよ。すごい偶然だ。まるで、何かを知っていたみたいに」
偶然なわけがない。自分でとぼけて言っていて、思わず笑いが出る。
「……でも、池延さんの件は……あれは、松田さんとサッカー部が……」
引っかかった。少しは動揺したようだな。
「そうなんだよ。松田さんが、サッカー部と共謀した。それは、確かなんだ。でも、彼女は、君に口頭で指示を受けていたとも言っていた。この証言だけでは、君が襲撃に関与したという決定的な証拠にはならないかもしれない。他のメンバーも、君の名前にポカンとした表情になっていたからね」
まずは、こちらの陣地に引っ張り込む。
「そうよ、ただ、松田さんが自分が首謀者になりたくなくて、私にえん罪を……」
こちらは、にやりと笑った。
勝利を確信しつつ、彼女に事実を突きつける。
「でもね、立花さん。不思議に思っていることがあるんだ。なぜ、君は襲撃に松田さんが絡んでいることを知っているのかな? 先生方に聞いても、君は最初から松田さんの名前を出していたと言っていたよね」
自分のミスを突きつけられると、彼女の顔色はみるみる白くなっていく。
「それはニュースで……」
さらに墓穴を掘り続ける。
「未成年者だから、名前は報道されていないよ」
「じゃあ、SNSで、学校の友達が噂を……」
「いつ見たんだい? どう考えても、噂が広まるよりも前に、君はすべてを知っていたように思えるけど?」
彼女は絶句して、床を見ながら、ひとりごとをぼそぼそと言い始めた。
落ちたな。
「立花さん。たしかに、君は頭がいい。でもね、後付けの言い訳で逃げ切れるほど、こちらの世界は甘くない。大人、なめんなよ?」
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