第204話 策士策に溺れる

―立花部長視点―


 なによ、この人。

 私が追い詰められているの。


 大人をなめるな。そんなこと、認めない。ここで乗り切らなければ……


「じゃあ、もう一度聞かせてね。立花さん。あなたは、今回のいじめ問題や襲撃事件を計画した張本人だよね。君が近藤君ともう一人の首謀者だ。違うかな?」

 かすれた声が、一歩ずつ私を追い詰めてくる。


「違う、違う、絶対に違う」

 感情的になりながらも、そう必死に否定する。


「そうか、じゃあ、なんで違うか、教えてくれないかな。まずは、青野英治君が殴られた現場にいたことだね」


「それは、本当に偶然で……近くで騒動が起きていたから、なんだろうって野次馬みたいな好奇心もあって、見に行っただけで」


「へー、見に行っただけ。でも、写真も撮ったよね。部活の後輩と同級生が喧嘩しているってわかったのに、どちらの事情も聞くこともなく立ち去った。不思議だね」


「めんどくさいことに巻き込まれたくなかっただけです。写真は、思わず撮っただけです」

 ギリギリの言い訳だと自分でもわかっている。


「ほうほう、めんどくさかったから逃げたと。でも、写真は撮った。矛盾している気がするなぁ、僕は」


「とっさの行為ですから。人間なんて矛盾だらけですよね」


「まぁ、それもそうですねぇ」

 そう言って、おじさん刑事はケタケタと笑う。

 でも、こちらの心臓はバクバクと音を鳴らし続けていた。この男は危険すぎる。


「でもねぇ、立花さん。あなたは、ミスを犯した。それも致命的なミスだ。わかりますか」

 これはブラフ。ただのはったりのはず。私がミスなんてありえない。


「そっか、わからないか。僕たちは警察だからね。君はうまく隠したと思っているんだけど。実はね、君のスマホに残っていた青野君が倒れていた時の写真と同じ写真がSNSで拡散されていたんだよねぇ。そのもととなったSNSのアカウントは削除されてしまっていたんだけど。いろいろ問い合わせたり、他の人のアカウントからの情報を集めるとね、元となったアカウントはこうつぶやいているんだ」

 あえて、言葉を途切れさせて、こちらの反応をうかがっている。


「速報、彼女にDVした青野英治がボコボコにされた直後の画像ってね。おかしいですね。なんで、暴力を振るわれただけしかわからなかった現場を見て、あなたは近藤君の言い分を100パーセント信じたような内容の投稿を行っているんでしょうね。不思議だよな、まるで最初から分かっていたみたいじゃないですか」

 

「そもそも、私はそのアカウントなんて知りません」


「ええ、もちろん、そう言うと思いましたよ。ですから、調べました。投稿されたときのIPアドレス、ログイン時の場所、どうもね、あなたの家の近くなんですよねぇ。それにいくらアカウントを破棄しても、運営会社には記録が残る。もちろん、会社も警察に協力的でね。この情報は、とりあえず教えてもらった速報で、もうすぐ、すべて復元してくれるんだよねぇ」

 血の気が引いて、完全に追い詰められていたことを今頃悟った。


「……」


「ああ、あと一つだけ。松田さんが、サッカー部員と話し合った場所が、駅前の公園らしいですよねぇ。念のため、近くの監視カメラや働いている人に聞き込みもしているんですよねぇ。自分が考える立花さんなら、たぶんそうするだろうって思っているますので。それに、ただの高校生が急にこんなことをするはずもないですよね。積み重ねの末の犯行。そう考えるのが合理的だ」

 

「……っ」

 どこまで、こちらを正しく分析しているのか、恐ろしくなる。


「まぁ、今日はここまでにしましょう。ただ、立花さん。あなたの今までの言動や性格、関与した犯罪を考えれば、簡単には許されませんよ。それに放置していたらさらに悪質になっていくことが予想される。甘い処分で済ませてしまえば、今後に禍根を残すことになるでしょう。少なくとも、私はね、許せない。君が隠そうとしていることはすべて暴いて見せます……私はしつこいですよ」

 そう言って、人のよさそうな笑顔を浮かべた悪魔のおじさん刑事は出て行った。

 なんで、こうなった。精神的にボロボロになっていくのを感じる。この厳しい取り調べを私は、あと何回受けなくてはいけないんだろう。


 地獄が始まった。

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