第205話 言い訳
―立花部長視点―
私は必死に言い訳を考える。
冷たい留置所で、常に監視されている状態で。
頭がおかしくなりそう。でも、ここで逃げるわけにはいかない。だって、ここで逃げ切れなければ、私は破滅よ。
どうにかしないと。
あの頭のいいおじさん刑事を黙らせることができる言い訳が欲しい。
「やらなくちゃ。どうにかしなくちゃ」
看守の人が「静かにしなさい」と言われて、私はゾンビのように緩慢な動きで、うなずくことしかできなかった。
※
「やあ、立花さん。昨日は、ゆっくり眠れたかな? それとも言い訳を考えて、眠れなかったかな?」
人の神経を逆なでするようなにやけ顔。
常に、彼のペースに持っていかれそうになる。
「そうやって、人を犯人扱いして。疑わしきは罰せずって原則知ってますか」
「うん、知っているよ。こう見えて、公務員だからね。法律の試験は得意なんだよね」
だめだ。相手のペースに乗せられてはいけない。
私は、冷静になろうと自分に言い聞かせる。
「なら、私をそう扱ってください」
「うん。僕は、客観的かつ合理的に調査をしているつもりだ。そして、あらゆる論理がすべて、君が嘘を言っているという結論に導いてくれている」
「あなたの主観の間違いじゃないですか?」
「そうかもしれないね。じゃあ、続きをしようか?」
また、戦いが始まる。
「では、聞くね。池延エリさんの襲撃事件。サッカー部と松田さんを扇動し、彼女を襲撃させたのは君だよね、立花さん?」
「違います。それは、松田さんが勝手に言っているだけです。わたしは、なにも関与していません」
「そっか。でもね、昨日言った監視カメラの調査は終わったよ。松田さんとサッカー部員が密会した公園の周囲の監視カメラから、君に似た少女が写っていた。これがその映像だ」
やはり、そうきたか。
でも、私はこう来ると読んでいた。
「違います。身に覚えがありません。そもそも、この服装は、量販店で買えるありふれたものじゃないですか。顔だって鮮明とは言い難い。ただの、言いがかりですよ」
保身のために、近くのスーパーで買ったありふれた洋服を着ていったのよ。それにマスクも。だから、似ていても、確証にはならない。
「ええ、そうですね。でも、さすがは女子高校生だ。すごいな」
まさか、誘導されたの?
思わず表情が硬直する。
「なにが、すごいんですか?」
「だって、こんな遠目で見て、この服装が量販店で買えるありふれたものって、ひとめでわかってしまうんだもの。いやはや、おじさんでは絶対にわかりませんな。さすがは、若いだけである……それとも、実際にきていたご本人かもしれませんが」
「たまたま、近くのスーパーで同じようなものが売っていたからそう思っただけです」
「ああ、また偶然ですか。すごい偶然だ」
くそ、くそ、くそ。また、そうやって揚げ足取りを。
「知りませんよ、だって、本当のことですから」
「ええ、そうですよねぇ。でも、聞きたいのは別のことです。実は、あなたの家から押収したあなたのスニーカーなんですけどね。靴の中に、少し落ち葉のようなものが入っていたんです。少し珍しい植物で、この近辺だと、ええ、あの現場の公園にしか生えていない植物のものらしいのですが……心当たりありませんよね?」
また、冷汗が止まらなくなる。
「そ、それは……近くに住んでいるのだから、公園に行くことくらいありますよ」
「ええ、そうですよね。でも、落ち葉が靴に入るって、ただのランニングコースを歩いているだけでおきますかね。僕はねぇ、普通茂みとかに隠れている時くらいしか起きないと思うんですよね。でも、あなたは高校生だ。高校生が、茂みに隠れて、今どきかくれんぼでもしてたんですかねぇ。不思議ですねぇ」
「……心当たりがないって言っているでしょ!!」
「そんなに怒らないでくださいよ。私も仕事でやっているんですから。じゃあ、質問を変えましょう。青野英治君のいじめ問題にあなたは深く関与した。違いますか?」
次から次へと本当にぃ。
「違います。そもそも、私が英治君をいじめる動機がないじゃないですか」
そう、動機だ。動機がなければ信ぴょう性も薄まるはず。
「ああ、動機ね。まあ、証拠が固まれば、あんまり関係ないんだけどね。でも、もちろん調べつくしていますよぉ」
ゾッとするほど、逃げ道がふさがれている。
「どういうこと?」
「聞きたいですか、聞けばさらに逃げ道ふさがれちゃいますよ?」
目の前の策士は、にやりと笑った。
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