第174話 部長の憂鬱
―立花部長視点―
どうする。
どうする。
どうすればいい。
私は、家に戻らずに、駅前のカフェに入って、考えをまとめる。
まず、池延エリの言葉は、本当なの? それとも虚言?
たしかに、彼女は追い詰められて壊れかけていた。だから、妄想と現実の境目がわからなくなったのかもしれない。そう考えれば、すべて説明がつく。冷静に考えれば、近藤君と面会できるわけがない。
やっぱり、さっきの嘘よね。なら、先生に言われても怖くない。怖くないんだけど……
それ以上に、文芸部への不信感が高まるはず。
教師陣は、すでにこちらへの包囲網を狭めてきている。
そもそも、教師は、彼女の妄言を妄言と判断できるのだろうか。
池延さんの証言には一定のリアリティーがある。中学時代から、私が近藤君と手を組んで暗躍していたことがばれれば、芋づる式にすべてが露呈する可能性がある。
「こうなったら、池延さんの口を封じるしかない」
口止め料を払う。だめね。そんなことしても、すべてを失った彼女の怒りを収めることはできない。むしろ、火に油を注ぐだけ。
なら、物理的に彼女への証言を止めるしかない。
でも、どうやって?
「どうすることもできない!!」
後輩たちに罪をなすりつけて、逃げようと思っていたけど、彼女の証言があれば、私への追及をかわしきることは不可能になる。
「こうなったら……」
最後の可能性に賭けて、私はとある人物を扇動する。
これがうまくいかなかったから、私は破滅する……
※
―青野英治視点―
俺たちは、林さんを家に送り届けて、キッチン青野に向かう。
一条さんは少しだけ疲れたような表情を見せていた。俺や林さんを守ろうと思って、いろいろ動いてくれていたから。
そんな彼女がたまらなくいとおしくなる。
「いつもありがとうね、一条さん」
俺が突然、お礼を言うと、彼女は「えっ」と驚いたように声を上げた。
「本当に俺たちは、一条愛っていう女の子に救われているんだよ。感謝してもしきれない」
素直に気持ちを伝える。この前の一件以来、そのハードルが低くなっている。
「もう、ずるいなぁ」
少しだけ恥ずかしそうに笑う彼女は、憂いの表情を浮かべた。
「なにかあった?」
その言葉に、彼女は言いにくそうにボソボソと言葉を紡ぐ。
「うん。私は、先輩にそんなに感謝される資格あるのかなって。あなたは、いつも私を好きでいてくれるけど、私の黒い部分とか嫌な部分が目に付くようになったら……怖いなって」
どこか、古傷をえぐられるような鈍痛を思い出したかのように表情を曇らせた。
「たしかに、人間は嫌な部分は絶対にあるよ」
「ですよね。私も自分が聖人なんかじゃないと自覚しているんですよ。むしろ、黒い部分のほうが大きいのかもしれないっていう自己嫌悪はずっと抱えていて。先輩たちは優しいから、自分はそれに甘えているだけかもしれないと思うと……」
そこにいるのは、いつも完璧な偶像のような一条愛ではなく、もろくて弱い一人の女子高校生がいる。そして、そのもろさは、初めて出会った時の屋上で感じられた弱さにつながっているように見える。
「それでも……」
だからこそ、自分は正直に彼女に伝える。
まるで小動物のように何かを恐れている彼女に向けて。
「一条さんは、その黒い部分も、きっと誰かを守るために使っているんだと思うよ。誰かを守るために、全力を出してしまう。それはきっと優しいからで。他人よりも自分を責めてしまうくらいまじめで。そして、どんな困難も乗り越えようとしてしまうほど、努力家だからで」
うまく言葉にならない。でも、彼女はその性格もあって、自分の心をすり減らしてしまうんだと思う。
彼女は立ち止まって、振り返った俺の顔をみつめる。夕日に、涙が反射していた。
「そんな女の子だからこそ、俺は君のことを好きになったんだと思う」
これが本心だ。彼女が思っている自分の短所は、長所の裏返しで。
「本当にずるいな。あなたは……なら、甘えて今後は嫌な部分見せちゃいますよ?」
「うん。そうして欲しい。そして、俺にできることなら、どんどん甘えてほしい。俺は、そうやって歩んでいきたいと思うから」
俺は、ゆっくりと手を差し出した。彼女は「ありがとうございます」と言ってそれをつかんだ。
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