第58話 追い詰められていく近藤
―近藤視点―
エリとの密会が終わって、俺は家に帰ってくる。やっぱり、誰もいなかった。親父は仕事だろう。おふくろは、適当にどこか行ってるんだろうな。あの二人は仮面夫婦で有名だから。
俺にとっては、あのふたりは利用できればそれでいい。結局社会的なステータスの高さがあれば、俺はそれを利用できる。親が偉ければ、ほとんどのことはどうとでもなる。さらに、俺はサッカーの才能もあるし、そこそこ勉強もできた。
おかげで、サッカー選手の道は開けているし、引退したとしても、親父の会社を継げるし、親父が議員として出世すれば、後釜になることもできる。これが、日本の世襲制の良いところだよなァ。
「生まれてくる家がよかったおかげで、どこまでも人生がばら色だ。人生イージーモードでバラ色の世界。あ~、親が偉くてよかった」
俺は自分の心の中にある不安を打ち消すために、あえて、強い言葉を使って自分に言い聞かせる。
広い家には、俺の独り言だけが響き渡る。
くそ、なんか情けない気持ちになるな。
スマホが鳴った。公衆電話からの着信だ。怪しい。そもそも電話番号に直接電話をかけてくるだけで怪しい。
無視した。
しかし、何度も電話がかかってくる。
「しつこいぞ、誰だお前はっ!!」
着信を取ると、怒声をぶつけた。
ヘリウムガスを吸ったような変な声が聞こえてきた。
「近藤、お前はもう終わりだ」
へんてこなピエロみたいな口調。俺をバカにするような少しだけ陽気な声だった。
おもちゃの変声機でも使っているんだろうか。バカらしい。電話を切ろうとすると……
「てめよ、呼び捨てしやがって、許せねぇ」
「おい、切るなよ。だって、俺があの写真を撮ったんだからな」
くそ、こいつかよ。俺を追い詰めるために、ちょこまか動いている奴は。
「てめぇか、あの写真をサッカー部にばらまきやがって。絶対に許さねぇぞ」
「ばらまく? ああ、俺が間違えて、部室の前に落としてしまったことだな」
「なにを白々しい!!」
どんどん強い言葉が出てしまった。
「そんなに、言われると、今度はどこに落としてしまうかわからないぞ」
こいつはぁ。
「てめぇ、なめてるんじゃねぇぞ。絶対に殺してやる。俺の親父は議員だぞ。そんなこといくらでもみ消せるし、教師だって黙らせてみせる。今までだってそうやって来たんだ。今度だってそうなる!!」
本当にムカつくな。
「じゃあ、俺は動くぞ」
しょせん、脅しに過ぎない。
「やれるものならやってみろ。殺してやる。見つけ出してボコボコにしてやるからな」
俺みたいな天才は、どんなことをしても許されるんだからな。ボコボコにして、後悔させてやる。
「そうか。残念だよ。キミは絶対に自分が悪くないと思っているんだね」
「当たり前だ。俺は選ばれた人間だからな」
「青野英治にえん罪を押し付けてもか? 俺は意外と近いところにいて、お前を監視している」
その言葉がさらに俺の頭に火をつけた。なんで、あいつのことを知っているんだ。えん罪の件は、サッカー部や女たちしか知らないはず。
「あいつはな、しょせん弱者なんだよ。弱者は強者に食われる運命にある。どんなことされても文句は言えねぇんだよ」
少しだけすっきりして、電話を切った。
スマホを床に叩きつけて、画面がぐちゃぐちゃになる。まるで、自分の心のようにそれらは砕け散っていった。
そうだ、俺は選ばれた人間なんだよ。だから、大丈夫だ。たとえ、サッカー部の部員たちがもうついてこなくても、これまでの実績で超強豪校とまでは言えなくても、中堅校以上ならどこでも引く手あまたのはず。
今回、挫折したとしても、絶対に大学で巻き返してやる。
「挫折? 俺が挫折?? そんなわけがない……」
思わず自分に対してネガティブな感情を抱いてしまったことに、がく然となる。
「ちくしょう、ちくしょうっ!!」
※
―通報者―
「本当にあいつは、救いようがないな」
やっと、見つけた公衆電話から離れると、本当におろかな自称キングにため息をつきながら、計画を次の段階に移した。種はいくつもまいた。あとは、発芽を待つだけ。
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