第133話 見苦しい文芸部長
―部長視点―
私は失意の中で、家に帰り、親には体調が悪いと告げて、部屋に閉じこもった。
もうだめだ。私の中で、完全に自信が消えていく。
青野英治に負けた。完膚なきまでに。
こうなったらどうしようもない。出版社にタレコミを流して、物理的な妨害をする? いや、だめだ。さすがにリスクが高すぎる。何のために、いままで手を汚さずに、近藤やサッカー部を操っていたのか分からなくなる。
じゃあ、どうするの。このまま、負けを認めるしかない。いや、だめだ。まずは、自分の安全を確保する。
青野君への反撃はいつだってできる。そろそろ、文芸部にも調査の手が入るだろう。彼の私物を処分したことについては、部員一同でごまかす予定。口裏を合わせれば大丈夫だし、すでにそれはできている。
朝、部室に来たら、荒らされていて、青野君の私物がどこかに消えていた。教師にばらしたら、お前たちもいじめてやるという匿名の脅し文があったことにすれば、いままで黙っていた正当性をアピールできるし、教師も暴走したサッカー部の誰かの犯行とでも、考えてくれるはず。
「近藤君の件が一番面倒だったけど、彼が逮捕される前に、SNSのデータは削除したのが幸運だったわね。私は、彼以外のサッカー部とのかかわりはゼロ。メッセージのやりとりもサーバーから消してしまえば、復旧もできない。彼が、私へ責任を擦り付けようとしてきても、証拠がないから、苦し紛れの妄言くらいに判断されるはず」
どうやっても逃げきることが可能だと思う。
だから、ここで無理に動かないほうがいい。やっと、少しずつ冷静になっていく。
今はまだ青野君たちのほうに風が吹いている。ここで無理をすれば、かならず問題が生じる。だから、無理せず、青野君に逆風が吹くのを待って復讐すればいい。
あとはどうにでもなる。近藤君の代わりになる実行役を見つければいい。
自分から動いて手を汚さなければ、どうとでもなるのだから。
「絶対に許さない」
酷評された自分の小説の画面を見つめて、思わず口からそれが漏れてしまった。
※
―都内某所(宇垣幹事長視点)―
秘書が運転する車で都内を走る。まったく、近藤は手間取らせてくれたよ。
まぁ、これでいい。しばらくは、警察で何もできない。外に出てきたとしても、もう復帰は絶望的だ。捨てておけば、勝手に消えるくらいの存在になった。
スマホが鳴った。今回の依頼主からだった。
「これは、総理。あれでよろしかったですか」
しわがれた声で、権力者は笑う。
「ああ、完璧だよ、さすがは宇垣君だ。君の完全な立ち回りのおかげで、今回の不祥事は、あのふたりの責任になった。トカゲのしっぽ切りだ。君には感謝している。次の改造では、望みのポストを言ってくれ。今後もよろしく頼むよ」
そういって、電話は切れた。本当にこっちのことを考えない男だ。
近藤と支部長の裏金がどこに流れていたかは、すぐにわかった。この国の最大の権力者に立ち向かおうとするほど、あのふたりは馬鹿じゃないだろう。あいつらは、自分から首を斬られるのを待つしかない。
「自分のすべてを他人にゆだねるしかない。まったく、愚かなことだ」
力ないものは、ただ、力あるものの保護を受けなくてはいけない。近藤という男は、どんなに自分を大物ぶっていたとしても、しょせんはそこまでの男だったわけだな。
「宇垣先生、例の件ですが……」
秘書は、電話を切ったことを確認したところで、話しかけてきた。
「ああ、つつがなく進めてくれ」
今回の騒動を最大限利用するために、こちらも動き始める。
※
―警察署―
「見てください、堂本さん。やっぱり、近藤のスマホに、罠がありました。鑑識から通常通り電源を起動したところ、とある海外製SNSのメッセージ履歴が削除される仕掛けになっていたと。おそらく、共犯者が保身のために何か細工したんでしょうね」
「そうか。しっかり、バックアップは取れているんだろうね」
「もちろんですよ。むしろ、変な動きがあったせいで、いろいろ探す手間が省けました。近藤は、とある人物と頻繁にメッセージのやり取りをしていたようです。そのアカウント主は、やはり今回のいじめ問題にも深く関与しているようですね」
「よし、学校側とも協力して、その相手を特定しよう。学校側も積極的に協力してくれるだろうし」
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