第132話 遠藤とゆみ
―遠藤視点―
課題をこなす。英語の文法問題か。苦手なんだよな、こういうの。
いろんなことが起きすぎて、かなり疲れている。人生で一番密度が濃い1週間だったと思う。
少し疲れたのでテレビをつけた。ニュースが流れている。
「どの番組を回しても、近藤市議だな。ネットでも、大量のコラ画像とか動画とか流れてくるし」
案の定、あいつの父親はネットのおもちゃになっていた。近藤の名前も特定されており、SNSのアカウントもお祭り騒ぎだ。税金泥棒の息子、勘違い上級国民(笑)、サッカーはできても法律がわからなかった残念なイケメン。そんな感じで、あいつもおもちゃにされてしまっている。
どこからか、近藤が悪質ないじめをしていたこともばらされていて、炎上はさらに大きくなっている。
近藤は、自分が蒔いた種で転落している。あいつは、青野君に冤罪を着せて、悪意の渦に叩き落した。今度は自分がそうなる番になった。彼とあいつの違いは、近藤は言い訳もできないクズだということで。誰も助けてくれないはずだ。
サッカー部の奴らも少し揺さぶっただけでボロボロになった。あいつらは結局、自分たちの経歴に華を添えてくれる近藤の才能だけが必要で、それだけのために、あいつを裸の王様にしていただけなんだ。
「近藤はゆっくり、本当の自分がわかっていくんだろうな。少しずつ、自信を失って、つらい現実をたたきつけられて、そして、名声も幸せもすべて失っていく」
ざまぁみろ。そう言ってやりたかった。俺の大事なものを1度ならず2度までもふみにじろうとしていたあいつにふさわしい末路だ。
そして、どこか虚しさも残る。結局、俺はあんな奴ごときに、人生を狂わされていたんだと思うと、本当に……
スマホが鳴った。ゆみだった。
「あっ、もしもし、一樹。今大丈夫?」
彼女の変わらない声が、俺を現実に引き戻してくれた。感傷的な世界に落ちそうになっていたのに、世界が色づいてく。
「うん。どうしたの?」
「受験勉強につかれたから、10分だけお話ししたくて」
「いいのか、今日は休憩ばかりだろ?」
「もう。受験生なんだからもっと優しくしてよ。一樹の意地悪。それに、もし浪人しても、一樹と同じ学年になれるなら、それはそれでいいかなって」
「あれ、冗談じゃないのか」
「うん。7割くらい本音」
「そんなこと言いつつ、俺が受験に落ちたら笑えるな」
「たしかに」
そんな些細なことで笑いあう。昔みたいに、たわいない会話がずっと続いていく。
ゆみは、都内の私立大学が第一希望らしい。家から電車で30分くらいだから、実家暮らし継続か。少し安心する。何に安心したのかわからないけど。
「早く受験終わったら、春休みはいっぱい遊ぼうね」
「いや、俺受験生なんだけど」
「大丈夫だよ。一樹なら……勉強できるでしょ?」
「中学時代の話じゃないか」
そう照れ隠ししながら、ゆみに褒めてもらった嬉しさににやけていた。
復讐が終わるまで、ゆみと出会わなくてよかった。たぶん、そうじゃなければ、あんなにうまくできなかったと思うから。
「そうだ。電話を切る前に聞きたいことがあったんだけど?」
10分といいつつ、2倍の時間をおしゃべりに費やして、ゆみは最後に付け加えた。
「ん?」
「今日さ、別れた後、駅前で大声出してた女の人いたんだ」
「ああ」
「それが、中学の時に同じクラスだった立花さんだったの。あの、よく作文とか読書感想文で賞を取ってた人。向こうは、たぶん、私に気づかなかったけど。たしか、一樹と同じ学校だったよね。今でも付き合いある?」
心の中で、何かが起きる音がした。
「いや、さすがに学年が違うし、もうないな。たしか、文芸部の部長で……あっ」
そうだ、どうして考え付かなかったんだ。
天田美雪と近藤に接点なんてなかったはず。なのに、いつの間にか二人に接点が生まれて、男女の仲になっていた。エリの時もそうだ。エリは立花と本を貸し借りするくらい仲は良かった。誰かが近藤と天田を結び付けたと考えれば……
「そっか、そうだよね。なんか、かなり動揺している様子だったから何かあったのかなって気になって。じゃあ、遅くなっちゃったからそろそろ切るね。おやすみ。また、明日」
「ああ、また明日」
当たり前のように、明日も通話する約束をして電話を切る。そして、静かになった部屋で、俺はぽつりとつぶやく。
「なんで、近藤が問題を起こすときに限って、立花は被害者の近くにいるんだよ」
俺の復讐はまだ終わっていなかったのかもしれない。
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