第134話 幸せな人生と最悪の人生の始まり

―一条愛視点―


 昨日はいろんなことを考えてしまって寝不足だ。

 でも、眠りに落ちる寸前は、英治先輩のことを考えていたので、とても幸せな夢を見ることができた。


 少しだけ早起きして、身だしなみを整え、軽く朝食を作る。

 お手伝いさんがある程度、下ごしらえをしてくれるので、かなり楽。


 野菜をおみそ汁にして、卵を焼く。卵焼きは、お弁当のおかずにもなるし、便利だ。


 今日は、和朝食にしようと思っていたので、炊飯器は予約しておいた。

 お昼ご飯は、残りものや簡単なものを詰めている。料理はそこそこできるほうだと思う。小さいころから、お母さんやお手伝いさんたちに教えてもらっていたから。さすがに、プロの料理人の子供である先輩に出すのはハードル高いけど。


「でも……」

 簡単なおにぎりと、お味噌汁を水筒に入れて、卵焼きと唐揚げをおかずにすれば……先輩とピクニックくらいはいけるかな?


 少しずつ秋になってきているので、涼しくなってきた。涼しくなってくれば、外で遊びやすくなってくるはず。先輩とは、カフェやゲームセンターで遊んで楽しいけど、ゆっくりお散歩でもしながら、お話するのも楽しそうだな。


「そういうのも楽しそう」

 彼と一緒に歩いているだけでも楽しいから。


 少しおなかいっぱいになってしまったので、朝ごはんのおかずにしようと思っていた焼き鮭は、お弁当のほうに入れることにしよう。


 ご飯を食べて、お弁当を詰めながら、朝のニュースを10分だけ見る。やっぱり、ニュースは近藤市議の件で持ち切りだ。週刊誌は、近藤市議の息子が悪質ないじめにも関与していたことも報道している。キッチン青野には、手が回らないように、しっかり守らないとだめだな。今は、青野家のみんなが平穏に暮らすのが一番大事だ。


 朝食を済ませて、準備を整える。

 さぁ、彼に会いに行こう。まだ、1週間くらいしか経っていないのに、これがモーニングルーティンになってしまった。そして、家を出てから、彼の家に行き、何気ないおしゃべりをしながら登校する。


 最高の時間だ。そして、彼はずっと一緒にいてくれると宣言してくれた。


 ※


「焦らなくていいよ。こんな、俺でもいいなら……許してくれるなら。俺はずっと一条さんの横にいるよ。どこにもいなくならない、絶対に」


 ※


 昨日の夜の言葉を何度目かわからないほど思い出してしまう。胸がじんわり温かくなって、幸せな気分が身体全体に広がっていく。


「早く会いたいな」

 私は少し駆け足で、彼の家に向かった。


 ※


―今井視点―


 朝、家から出ると、そこには青野のクラスメイトが待っていた。

 

「村田さん、どうしたの?」

 村田律。1年の時に同じクラスだった女の子だ。たしか、美雪と仲が良くて、親友みたいな感じになっていたはず。


 でも、去年のクラスメイトというよりも、俺の頭は、彼女のことを別のカテゴリの人物だと認識していた。


 村田律は、俺の親友を無責任に傷つけたいじめグループの一員。つまり、敵だ。


「お願い、もう、今井君にしか頼めないの。青野君に謝りたい。先生に相談しても、彼のお母さんから拒絶されて会えないの。このままじゃ、私……だから、青野君に取り次いでもらえないかな」

 かなり焦っていて、要点がわからない。でも、言いたいことはよくわかった。

 この女、なめているのか?


 お前が英治にやったことを考えれば、俺は会いたくもないんだ。どうして、それがわからないんだ。思わず軽蔑した視線を送ってしまった。彼女は、泣きそうになりながら、それでも頭を下げる。


「お願いします。人間として最低のことをしてしまった。だから、少しでも謝りたくて」

 俺は思わずため息を漏らしてしまった。


「今井君?」

 震えながら、こちらに許しを請うような目線を向ける。


「悪い、できないよ。英治は、村田さんたちのせいで、今も不利益を受けている。クラスにも復帰できていない。簡単に謝って許されるようなことでもないと思うし。それに、たぶん、君は英治のことじゃなくて自分のために謝ろうとしている気がするんだ。ただの自己満足じゃない、それって?」

 できる限り言葉を選んだが、鋭い言葉になってしまう。


「だって、私も騙されて……」

 やっぱりそうだ。これが彼女の本気。それにイライラしながら、冷たく言い放つ。


「それはたしかにそうかもだけど。でも、みんながみんな嘘の情報を教えられていたんだよ。それでも、英治に味方した人はたくさんいる。昔からの友達だけじゃない。今回の件で初めて出会った女の子もそうだ。結局、村田さんは、ただ無責任だったんじゃないか。勝手に、英治をいじめてもいい存在だと決めつけて、取り返しのつかないことをしてしまった。もし、英治の噂が真実だとしても、君たちが英治をいじめていいわけがないでしょ」

 その言葉を聞いて、村田さんは目を見開いた。ショックを受けて、おろおろしている。涙がぽろぽろとこぼれ落ちていった。


「だって……」


「ごめん。俺、学校行かなくちゃだから。もう、来ないでくれ。考えは変わらないからさ」

 俺はこいつらを絶対に許さない。

 そう再び決心して、前に進む。

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