第191話 窃盗犯

―高柳視点―


 立花は、先ほどの騒動で観念したのか、ぐにゃぐにゃになって、身体の支えがなければ動けなくなっていた。


 別の部屋で、林という1年生への事実確認が行われいる。彼女は、しっかり受け答えしているようで、その証言の報告は、逐一メモの形で俺の手元にやってきている。


 ※


「自分の恋人に暴行するような酷い男に人権なんてない。今回の騒動は、文芸部始まって以来の不祥事だから、彼の存在を抹消しなくちゃいけない」


「彼の存在を全部消去するわ。みんな協力して」


「外道に温情なんていらない」


 ※


 部長という立場で、部員たちをこんな風に扇動していた。

 この証言を松田や他の部員たちに伝えれば、堤防が崩壊するかのように、文芸部の内部から裏付けが出てくると思う。


「なにか、言い訳はないのか」

 念のため、確認する。だが、立花は下を向いて、ぶつぶつつぶやくばかりで受け答えもできなくなっていた。


「そうか。青野の親から、窃盗や器物破損の被害届が警察に提出されているんだ。お前たち文芸部は、学校だけじゃなく社会的な罰も受けなくてはいけなくなる。わかっているか」

 その言葉は、完全にメンタルが崩壊していた立花がやっと反応を示した。

 ぴくりと頭を動かして、ガタガタと震え始める。


「うそよ」

 さすがの立花も、自分が司法の罰を受けなくてはいけないことにショックを受けているようだ。


「残念ながら。何度も言っているだろう。いじめは犯罪だ」

 

「違う、違う。私は間違えるはずがない。私の計画は完璧で……」

 かわいそうなことだが、あくまで高校生の計画だった。ここまで物事が大きくなって、警察まで介入してきた段階では……


 ただの子供のいたずらに毛が生えた杜撰な犯罪計画。

 教師として、自分の罪の重さを教えるのもの仕事だ。


「どうして、こんなことを計画したんだ。青野の才能を一番評価していたのは、他でもない立花だったんじゃないのか?」

 結局、今回の犯行の動機は、立花が青野の小説の才能に嫉妬したから。


「……」

 彼女は何も答えることはできなかった。隣人の家を欲してはならない。モーセの十戒のひとつだ。嫉妬は、人間の悪意を増長させて、人間を壊していく。窃盗やいやがらせ、殺人など大きな犯罪の元にもなる劇薬。大人ですらうまく操ることができないのだから、未熟な高校生なら……


 もし、健全に青野の才能を認めることができたら、立花が彼の最大で最初の理解者という立場でいられたはずなんだ。そうすれば、自分の才能だって伸ばすことができた。青野というイレギュラーな天才が近くにいて、目がくらんだのかもしれないな。立花の才能だって、同学年から考えればかなり高いものだったのに。


「立花、今後のためにも言っておく。嫉妬をするなということは無理だろう。だが、嫉妬から他人を害するようなことは絶対にするな。そんなことしたら、自分の今までの努力や才能すら否定することになるんだ。どうして、自分の今までを否定するようなことをしたんだ。それが残念でならない」

 伝えることはきちんと伝えなくてはいけない。たとえ、それが届かない言葉だとわかっていても。


「才能が? 違う、違う、違う。私は何も知らない。なんも知らない。なにもしらなーい。嘘、いやだぁぁぁぁああああぁぁぁぁ。違うの、違う。これは全部サッカー部と松田さんたちの暴走のせいで」

 永遠に交わることのない対話は、こうして終わりに向かう。

 

 ※


―一条愛視点―


 私は、林さんが保健室から出てくるのを待った。

 これで完全に終わりだ。


 黒井のコネを使って、専門家が復旧した近藤のSNSのメッセージを手に入れて、学校に流した。サッカー部の残党たちの池延エリ襲撃計画は未遂に終わらせた。彼女は、現在、警察に保護されている。立花部長の悪事は、林さんの勇気ですべてが公になった。


 林さんは、私の計画を助けてくれた。私がすべての話を彼女に打ち明けた時、「英治先輩のためなら、私も戦いたい」と言ってくれた。


 だから、彼女をあえて一人にして、立花部長の接触を待っていたわけだけど。


 やっぱり、自己嫌悪は止まらなかった。

 協力してくれたのは、林さんの善意だ。でも、私はそれを無理やり引き出したんじゃないかという後悔や罪悪感がずっと心に影を落としていた。


 いくら、すぐに助け出せる場所に隠れていたとはいえ……

 保健室から出てきた彼女は、私の姿を見て安心したように微笑んでくれる。

 私は彼女の細い身体に抱き着いてしまった。


「大丈夫だよ、どこもケガしてないし、先生も優しかったし、一条さんのおかげでやっと勇気が出せた。背中を押してくれなかったら、たぶんずっと後悔していたから。本当にありがとう」

 何も言わない私に対して、彼女はすべてを察してくれて優しい言葉をかけてくれる。泣きそうになりながら、彼女の優しさに甘える。


「立場が逆じゃない」

 私がそう言うと、林さんは優しく笑った。

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