第190話 破滅

―立花部長視点―


 激高し、思わず平手を林さんに向けてしまう。思わずしまったと思ったが、もう止めることはできない。


 あたりが騒然としているのが見えた。

 すべての注目が、私に集まっている。


「さすがに、暴力はだめですよ、立花さん?」

 男の声が聞こえた。力強く私の右腕を引っ張られた。思わず痛みと恐怖が押し寄せてくる。林さんへの暴力は寸前で防がれて、私は少しだけバランスを崩して、よろけてしまう。


 なんとか、踏みとどまったが、バランスを失った身体は崩れ落ちてしまう。


「今井智司?」

 私の平手を止めた男のことはよく知らない。でも、英治君の友人で、何度か顔を合わせたことがあるから、名前だけは知っていた。


「……もう、終わりですよ。あなたは……さきほど、すべてを自供したようなものです。仮に林さんが嘘をついていると言い訳したとしても、すでに状況証拠が積みあがっている。もう、無駄な抵抗はやめましょうよ。見苦しい」

 明らかにこちらを挑発している形。ほぼ初対面の人に冷笑されてバカにされる屈辱が、私の心で燃え上がる。


「そういう、あんたも林さんのグルでしょ。違う、誰の差し金? 英治君、教師、それとも満田君? 誰が私をはめようとしているの!!」

 なんとか状況を変えようとして、大声で泣き叫ぶが、周囲は奇異の目で見ているだけで、誰も味方になってくれない。むしろ、「なによ、あれ?」と小さな声で馬鹿にしたように笑っている観衆たちの様子が見えた。おかしい。私の作戦は完璧だったはずなのに。誰も、私の言葉を信用していないように見えた。


「これが普通の反応だよ。立花部長。あなたは、英治の才能に嫉妬し恐れて破滅させようとした。それが、青野英治へのえん罪事件の真相なんじゃないですか」


「妄想を言わないでっ!!」

 言葉だけは強く否定する。でも……


「くすくす」

「さっき、あの子が言っていたこと、嘘に思えないよね」

「激高して、殴りかかったんだから、本当のことだったんだろうな」

 観衆たちは、私がすべて悪いと言わんばかりに、冷たかった。


「これが、英治があんたのせいで味わった屈辱ですよ。えん罪だった英治は、もっと深い絶望を味わったんです。少しは分かりましたか。自分がどんなに残酷なことをしたのか」

 どうすることもできなくなって、私は頭を抱えながら崩れ落ちる。


「違う、違う」

 私は何度も否定する。でも、誰も私を許してくれようとしない。スマホで現場を撮影している人たちもいる。


「いつまでもそうやっていればいい。もうすぐ、教師たちがやってきますから。多くの生徒が証言してくれますよ。林さんが、言ったことを。あなたは、自分が道具だと思っていた人間たちに負けたんです。周囲の人たちを利用するだけ利用して、容赦なく切り捨てる。英治とは真逆の存在だ。英治は、俺や林さんのことを助けてくれた。英治に助けられた人たちは、たくさんいるんだ。彼を信頼している人たちは、卑怯な噂に流されずに、彼を信用し続けた」


「……」

 今井君をにらみつけた。それ以上先は、私の尊厳を破壊する言葉だ。だから、絶対に聞きたくない。でも、彼は躊躇なく続ける。


「あなたは周囲を不幸にし続けた。そして、最後はそれによって破滅する。英治は、友達を幸せにしてくれていたんですよ。あなたとは、真逆です。小説だけじゃない。あなたは、すべての面において、青野英治に及ばない。逆境に陥ったあなたに手を伸ばしてくれる人なんて存在しない」

 その言葉に、私の自尊心はずたずたに切り裂かれる。

 このまま、この状態を打開しなくては、私は学校にいられなくなる。すべてを失う。でも、何も言い返すことができなかった。


 ただ、泣き崩れることしかできなかった。


 ほどなくして、高柳がやってきた。もう涙で何も見えない。


「さあ、話を聞かせてもらうぞ、立花?」

 死刑台へとつながる十三階段を私はゆっくりと登っていく。

 言い訳もできない。すべての面で後輩に負けたという屈辱感を背負いながら、社会的に抹殺されることになる今後の運命を呪った。地獄はまだ始まったばかりだ。

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