第189話 部長と林さん
―立花部長視点―
こんなことは認められない。
私は、選ばれた側の人間。近藤君のようなへまはしていないし、まだ、どうにかなる。どうにかしなくてはいけない。
さきほど流出したメッセージだって、決定的な証拠にはなりえない。あのレベルなら冗談だったとでもいえばいいのよ。まさか、本当に近藤君やサッカー部がいじめをするなんて思わなかったと言えばいい。
「いた!!」
探していた獲物を見つけた。もう、放課後だ。いじめ対策で複数人で帰っていると思っていたけど……
彼女は、たまたま一人だった。今がチャンス。逆転の一手は、林さんを利用することしかない。
「林さんっ!!」
私はあえて友好的に、大きな声を出す。複数人の生徒が思わず振り返るほどに。
彼女はびくりと肩を震わせた。
「たちばな、部長?」
これで林さんへの生徒の注目は高まっている。これはチャンスだ。
「お願い助けて。文芸部は、学校からえん罪をなすりつけられそうなの!!」
それに対して、彼女は泣きそうな顔になっていた。でも、私はこれがチャンスだと思った。
「……」
小動物のように震えている彼女は、簡単にこちらに同意してくれるはず。
「お願い。部活から離れたあなたの証言なら客観的な証拠になると思うの。先生たちは、私が英治君のいじめの黒幕みたいなことを言うのよ。それに、英治君の私物が無くなったことも、私たちがやったんじゃないかと疑っているの」
あの時、部員たちに指示をしたとき、彼女は顔面を真っ青にしながらも、止めることはしなかった。関与はしていないけど、少なからず罪はあるはず。だから、その罪の意識を利用する。
私は小声で続ける。彼女しか聞こえないように。
「わかってる? 止めなかった、あなたも同罪だからね。もしかしたら、あなたも学校から処分を受けるかもしれないのよ。なら、私たちに同調していなさい。そうすれば、悪いようにはしないわ」
私は彼女の方をポンと叩く。「いい加減に大人になりなさい」と軽く言うと、彼女は目に涙をためていた。
勝利を確信した私は、演技をするように声を大きくし、観衆たちに自分の正義を主張する。
「お願い、教師に逆らうのは怖いと思うけど。先生たちは、自分たちの査定に響かないように、この問題を早く終わらせるために私たちを悪者にしようとしているのよ。お願いだから、助けてください」
自分が弱者で被害者かのようにふるまう。これで同情を買える。
いい、この世界は、真実がどうかは問題じゃないのよ。他の人が、本当だと思える真実を用意できるかどうかが問題なの。
さあ、公衆の前で、私たちの無罪を証言しなさい、林さん。あなたみたいに弱くてかわいい小動物のような生徒が、私たちを擁護するだけで民衆はこちらに傾くの。さあ、利用するだけ利用してあげる。言いなさい、私たちの勝利宣言を。
「……ん」
「どうしたの、声が小さくて聞こえないわ」
そう促すと、彼女は大きな声で叫ぶ。彼女は、大粒の涙を流し始めていた。
「そんなこと言えません。だって、だって……私は、文芸部の立花部長が、青野英治先輩の私物や原稿を処分して嫌がらせをするように部員の人たちに指示するところを見たのだから!!」
先ほどの同情ムードなど一瞬で吹き飛んでしまった。
冷たい視線がこちらに飛んでくる。
「何を言っているのよ?」
あなたも同罪なのにというニュアンスを込めた視線を送ると、彼女は嫌といって首を横に振った。
「もう、これ以上、嘘はつけないんですよ。嫌なんですよ。私は、あなたみたいに汚れたくなんかない。尊敬する青野先輩をこれ以上、裏切りたくなんかない」
血の気を失った後、一気に頭に血が上る。
私は彼女に向かって、平手を振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます