第180話 池延エリの過去
―池延エリ視点―
どうしてこんなふうになっちゃったんだろうな。
もし、一樹のことを裏切らなかったら、こんな風にはならなった。
それだけは断言できる。
※
「へぇ、池延さんって、教えるの上手だね。すぐにわかっちゃうよ」
「そっか、先生よりもわかりやすいかも」
「えっ、彼氏いるの!? 残念だな、こんなにやさしくていい子だから仕方ないけどさ。あと数年早く出会いたかったよ」
※
最初はこんな甘い言葉だった。勉強会で近藤君の近くに座った私は、そう揺さぶりをかけられた。
そして、学校でも会えば挨拶をするようになって、徐々に心の警戒を解いてしまった。彼は「受験勉強でどうしても、池延さんに教えてほしいところがあるんだ。ちょっとだけでもいいから、日曜日会えないかな?」と少し強引に誘われたとき、内心、嬉しい気持ちが心に芽生えてしまった。
やっぱり、サッカー部のエースという肩書と女子から大人気だった容姿の良さ。それが毒のように心を蝕んだ。
そして、いつの間にか結ばれてしまった。
一樹に悪いと思いつつ、ずるずると関係が深くなっていき、抜け出せなくなった後は、もうどうすることもできなかった。冷静な判断なんてできるわけがない。
※
「俺と遠藤、どっちを取るんだ?」
「言葉だけじゃ信用できないよ」
※
二者択一の状態で、私は暴走した。一樹に暴言を吐いた。
「あなたよりも近藤君のほうが好き」
「もう、どうしようもないのよ。だって、あなたは近藤君に及ばないし」
「幼馴染だったからあなたと付き合っただけ」
「もう二度と話しかけないで」
思い返せるだけでも、こんなに酷いことを言ってしまった。女としても、人間としても、最低のことをした。一樹の苦悶の表情が心にこびりついている。思い返せば思い返すほど、自分の心が死に向かっていった。
それから、一樹は二度と私のもとに現れなくなった。
すぐに、私の浮気の噂も広まった。両親もそれを聞きつけて、私に詰問してきた。
「どういうことなの。一樹君、学校に来なくなっちゃったって。あなた、何をしたの?」
何も言い返せなかった。二人の絶望した顔は、彼のものと重なる。
※
「やっぱり、わかれよう。彼に悪いことをしてしまった。もう、俺に近づかないほうがいい」
※
そして、私は捨てられた。今から考えれば、なんていう自己中心的なことだろうと思う。でも、私はもう彼しかいなかったからすがるしかなかった。「捨てないで」とみっともなくすがって。「あなたがいなかったら、もう私何もなくなっちゃう」という言葉を伝えたとき、彼は優しく抱きしめてくれた。
でも、今から思えば、私はあの日、自分の尊厳を捨てた。彼にとって都合のいい女になり果てた。
その頃からだ。彼が私じゃない女の子と遊ぶのを目撃するようになったのは。嫉妬した。絶望した。でも、何もなくなるのが怖くて強く前に出ることもできなくなって。
大事な人たちを裏切ったことで、少しずつ心が死んで冷たくなっていくのを眺めていくことしかできなかった。3か月。学校を休んだ。親に見限られて与えられたこの部屋は、肉体と心の牢獄。誰もここから私を助けてくれないし、助けてもらう価値もない。
最低の女で、悪女だ。なら、悪女らしく、踊って散ろう。
さあ、いよいよね。明日には彼女が、私を狙って動き出す。最高の舞台を用意しようじゃないの。
※
―立花部長視点―
松田さんはうまくやってくれた。これで大丈夫。そもそも、池延さんはちょろい女だから。
近藤君に私が考えた台本通りの演技をさせて、すぐに浮気に走り、私の考えた言葉で、大事な幼馴染の心にとどめを刺した。
「さぁ、いよいよね。今度は、あなたにとどめを刺す番よ」
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