第142話 正式なデート
俺たちは、いつものように校門で待ち合わせて、一緒に帰る。
もう、何も言わずに、そういう風に約束している感じだ。
「そうだ、明日は遠藤たちが放課後に化学の実験の補習に付き合ってくれるそうだから、帰りが遅くなるかもしれない」
だから、一応、一条さんに伝言しておく。
彼女は、にっこり笑う。
「じゃあ、私も一緒に参加しちゃおうかな。遠藤さんとは、もう顔見知りですし」
本当に、遠藤さんにも堂本さんとも距離が近くなっていて、嬉しいな。どうやら、堂本さんとはスマホで連絡まで取りあっているらしい。
「ああ、たしかに人手少なくて、実験の準備と片付け大変らしいから、助かるかも」
先生も部活の時間を割いてくれていると言っていたから、こちらから助っ人も来てくれるといいかもしれない。
「じゃあ、決まりですね。実験、楽しみですね。私、よく動画サイトの実験系配信見ているんですよ。強力なプリンとハンマーどっちが勝つかとか」
なんかすごい動画だな。思わず笑ってしまう。
「そうだ、先輩……」
いきなり、空気が変わる。それは、男女の甘く、それでいて緊張感がある不思議な雰囲気に。
「ん?」
「今週末、どこかに遊びに行きませんか。また、見に行きたい映画、あるんですよ」
それは、あの告白の後、初めてとなる正式なデートのお誘いだった。
それも彼女から誘ってくれたことに、驚きと嬉しさがこみあげてくる。
「うん、もちろん。この前と同じ映画館でいい?」
俺の返事を聞くと、彼女はぱぁっと表情を明るくした。
「あ、あの。実はまた、リバイバル上映で、今度は都内の映画館でしかやってなくて。よかったら、少し遠出になってしまうんですが、お付き合いしてくれますか?」
嬉しくて、少しだけ早口になりながら、どこか遠慮がちで。学校でイメージする一条愛ではなく、年相応の少女の顔になっていた。
「そっか。楽しみだな。おすすめの映画だよね。一条さんのおすすめなら絶対に面白いよな」
この前の「フォレストガン〇」も最高に面白かった。必死に前向きに生きる元気をもらえた。
今回はどんな映画だろうか。よく、小説家のインタビューでもできる限り、「小説を書くなら、小説に限らずに、映画やドラマ、アニメなどにも積極的にインプットしたほうがいい。絶対にどこかで役立つから」と力説していた。その人は、作家人生10年くらいすぎても、いまだに1日1冊の読書と1本の映画を見ることを習慣にしていると言っていた。
特に、自分の守備範囲外の物語を摂取するには、やっぱり近しい人のおすすめが一番だったりする。その人が自分の趣味を理解してくれているなら、なおさらだ。
この前の打ち合わせで、編集さんからもおすすめの映画を何本か教えてもらった。お店の定休日に、母さんと兄さんと一緒に動画サイトで見る約束をしている。
「ふふ、じゃあ、楽しみにしてますね。映画終わった後、映画館の近くに、映画で登場する撮影現場があるので、一緒にお散歩したいなって思っています。いいですか?」
「ああ、聖地巡礼ってやつだ。俺やったことないからちょっとワクワクするな」
それも一緒に見たばかりの映画で使われた場所なら、絶対にワクワクする。話も弾むだろうし、絶対に楽しくなるのが目に浮かぶ。ますます、楽しみになってきた。
「デートですね」
彼女は少しだけ恥ずかしがりながら、小さな声でつぶやく。
「うん」
俺も少しだけ感慨深くうなずいた。
「正式にデートしちゃうんですね、私たち」
彼女は、少しだけ赤くなりながら、うつむいて嬉しそうにそう言った。
俺たちは幸せを共有する。
その一方で、加害者たちが地獄に落ちていることも知らずに。
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