第141話 調査

―一条愛視点―


 昼休み。少しだけ、先輩のところに顔を出そうと思っていたけど、その前に1つ予定を入れる。


 3年生の教室へ。近藤をはじめとしたサッカー部員たちが謹慎になっているせいか、教室の机の主に空きが見える。やはり、近藤と立花部長の2人が出身の中学からサッカー部に入部している生徒も数人にいた。そして、そのメンバーは全員、いじめ問題への関与によって処罰されようとしている。


 私は、昨日からターゲットにしていた女性と接触する。


「池延先輩」

 彼女が廊下に出てくるのを待って、声をかける。

 数人の三年生は、私の存在に気づいて好奇の目で見ていた。


 池延エリ。調べたところ、近藤と天田美雪が恋仲に落ちるまでは、最もサッカー部のエースと仲が良かった女子生徒。その事実から、近藤の中学時代からの仲だろうと推測していた。


 振り向いた彼女は、背が高い美人だった。でも、健康的とは言えない。病的なまでに青白い顔。ほほはこけて、疲れ切っているのがよくわかる。


 高校生なのに覇気はない。見ていて心配になるくらい。


「一条愛?」

 面識はなかったはずなのに、こちらを知っているようだ。

 よかった、話が早い。


「はじめまして。一条愛と申します」


「学園のアイドルさんが、何の用?」

 警戒と侮蔑がこめられたとげとげしい言葉。一方的に、悪意を向けられる。たまに、あることだから、私は気にせずに話を進める。


「お話を聞かせてくださいませんか」

 にらみつけるように、無言の拒絶を伝える彼女。でも、そんなことで引くほど、こちらも弱くない。


「あなたに話すことなんて、何もない」

 やはり、とげとげしい。それは、私だけじゃなくて、世界全体に向けられているかのような深い絶望感が込められていた。


 こういう時、普通の女子生徒なら怖くなって逃げてしまうんだろうな。2年も上の先輩に目を付けられたくはないはず。


 少しだけ無理をする。いくら年上とはいえ、高校生。ある程度なら……


「お聞きしたいのは、サッカー部の近藤先輩のことなんですが……」

 その名前を聞いただけで、彼女は激昂する。


「やっぱり、あんたも近藤君と関係があるのね……!! いい加減にしてよ、二年の天田美雪といい、あんたといい。どうして……私にはもう近藤君しかいないのよ。一樹もゆみも家族もみんな捨てて、彼に尽くしてきたのに。もう、もう、もう。全部なくなっちゃう。どうしたらいいのよ」

 感情がぐちゃぐちゃになって、廊下全体に響き渡る声で叫んでいた。

 やはり、近藤の名前を出せば、崩れたか。自分は本当に嫌な人間だと思う。故意にこういうことをできてしまう。他人の感情を利用できてしまう。自己嫌悪を含みつつ、それでも大事な人を守るために、この力を使いたい。


「落ち着いてください。私は、近藤先輩とはそういう関係じゃないんですよ。ただ、今回の事件の真実が知りたくて……」

 ここまでだと思う。必要な情報は、ほとんど教えてもらった。

 やはり、池延エリが、堂本さんが話していたもう一人の幼馴染だったのね。

 そして、近藤とトラブルによって、3人の関係は破綻した。彼女は、遠藤さんや堂本さんよりも近藤を選んだのね。天田美雪さんと同じように。


「っく。もう、誰も信じられない。全部、私が悪いのよ。知っている。みんな、そう言っていたもん。私だってわかってる。この3年間、ずっとひとりで、さびしくてもだれにも頼れなかった。それが罰だってことくらいわかってる。でも、いくらなんでも、全部うばわなくてもいいじゃない。彼が最後の最後の……こんなことなら出会わなければよかった」

 これが天田さんの数年後の未来。今まで作ってきた関係性をすべて壊されて、捨てられた人間の末路。考えただけでも、ぞっとする。


 特に、あの温かさを持った青野家の人たちを失うことの恐怖は計り知れない。

 

「池延さん……」

 落ち着いてください。そう言い終わる前に、「やめて」と絶叫する。


 そして、ふっと彼女は冷静になったように虚無の顔になる。


「ごめんなさい。取り乱して大きな声出しちゃった。これ以上はもう無理。お願いだから、ひとりにしてください」

 年下の後輩にまで、敬語を使うことに違和感すら覚える。何かが壊れているように見えた。


 そして、逃げるようにして、彼女はその場所から離れていった。


 人間の業の深さをかみしめながら、私も彼の元に戻った。

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