第53話 老人&近藤と池延のゆがんだ関係

 俺たちがAEDを用意していると、30代くらいの女性が助けに来てくれた。


「どうしたの?」


「知らないおじいさんが、胸を苦しそうに抑えて、急に倒れたんです。今、救急車を呼んで、AEDを持ってきてもらったところなんです。このおじいさん、呼びかけても全然反応がなくて」


「ありがとう。私は看護師だから、処置は任せて。キミ、名前は?」


「青野です」


「青野君ね。すごいわ。ここまでしっかり対処できている。私は、胸部圧迫を行うから、キミはAEDの準備をお願い。大丈夫よ、このAEDは電源を入れれば、音声で説明が流れるからその通りに準備してくれればいいわ。彼女さんのお名前は?」

 看護師のお姉さんは、てきぱきと指示してくれる。たしかに、俺がバイトで参加した研修でも、AEDの自動音声に従って訓練を行った。


「一条です。私は何をすればいいでしょうか」


「一条さんね。あなたは、このおじいさんの家族が近くにいないか探してきてもらえないかしら?」


「わかりました」

 一条さんは、駆け出して行った。一緒に来てくれた警察官のおじさんは、狭い路地の交通誘導のために動き出していた。


 こうして、救命活動は進んでいく。


 ※


 俺たちが必死に対応していると、警察官のおじさんに誘導されて救急車がやってきた。時間にしたら10分もかからない時間だったと思うが、無我夢中で動いていたので一瞬だった。


「青野君、一条さんありがとう。病院までは、私が付き添うわ。大丈夫よ、あなたたちがすぐに動いてくれたおかげで、大事には至らないはずよ」

 助けてくれた看護師さんは、そう言って笑う。


 一度目の電気ショックのあとに、おじいさんは意識を取り戻した。まだ、意識はもうろうとしていたけど、「ありがとう、ありがとう」と言ってくれた。


 警察官のおじさんが、倒れていたおじいさんの身分証を確認してくれて、あとで警察の方からご家族に連絡してくれるようだ。


 おじいさんも意識を少しずつ取り戻してきているように見えた。


「じゃあ、俺たちはこれくらいで」

 そう言うと、一条さんも頷く。俺たちは、少しだけ安心してその場を去った。


 ※


「緊張しましたね。おじいさん、大丈夫そうでよかったです」

 一条さんは、大きな息をつくと、いつもの笑顔に戻っていた。


「一条さんのおかげだよ。本当にすぐに動いてくれたから、助かった」

 俺の言葉に、彼女は笑顔で首を横に振る。


「そんなことないですよ。やっぱり、先輩がすぐに動いてくれたのがよかったんです。私なんて怖くて、足がすくんでいましたから」


「いや、今回は運がよかったよ。看護師のお姉さんが偶然居合わせてくれたし。俺だけじゃ、絶対にうまくいかなかった」


「それでも、他人のために、すぐ行動できる人なんてなかなかいないです。そういうところ、本当にすごいなって思います」

 そう言ってもらえると、この1週間で粉々になっていた自己肯定感が少しだけ回復したように思えた。


「ありがとう」

 俺は、ここ最近で一番の……心からの笑顔でお礼を言った。


 ※


―病室(看護師視点)―


「本当にありがとうございました」

 駆け付けたおじいさんのご家族に、涙を浮かべられながらお礼を言われる。

 おじいさんは、適切で素早い処置のおかげで一命をとりとめた。しばらく、入院生活にはなってしまうみたいだけど。


「いえ、私よりも、AEDを用意してくれた学生さんたちにお礼を言って欲しいところです。ふたりがいなければ、きっと大変なことになっていたでしょうから」

 実際、本当の英雄は、彼らだ。私はあくまで、二人の手伝いをしただけ。


「本当に若いのに、感謝してもしきれません。おふたりにも、直接、お礼を言いたいところなんですが、警察の人が連絡先を聞いても、伝えずに立ち去ってしまったみたいで、言えてないんです。なにか、連絡先とかわかりませんか?」

 まさか、あの歳でそこまで、人間ができていたとは。功名心みたいなものに突き動かされてもおかしくないのに。


 今の若い子ってすごいな。


「私も、ただ偶然居合わせただけなので……ああ、でも、青野君と一条さんって名乗っていましたね」


「青野君と一条さんですか。ありがとうございます。名前がわかっただけでも……探してみます」


「はい。では、私は失礼しますね」

 休日に大変なトラブルに巻き込まれてしまったけど、なんとなく安堵感や満足感に包まれる。仕事は大変だけど、あの若い学生カップルに負けないように、私も頑張らないとね。私は幸せな気分で、病院を後にした。


 ※


―池延家―


「近藤君、大好き」

 柔らかい肌の感触を堪能して、俺はストレスを発散した。

 エリは、美雪とは違った良さがある。


 どうやら、俺は少し美雪に飽きていたのかもしれないな。


「ああ、最高だった」


「嬉しい。私は近藤君、一筋だからね」

 こいつのめんどくさいところはここだ。付き合ってもいないのに、彼女面になるところで。まぁ、いいや。都合のいい女としてもうしばらく、楽しもう。


「ねぇ、近藤君。私だけを見ていてね。私は、あなたのために何もかも捨てたんだから、とかしちゃやだよ」


 浮気って。お前とは付き合ってないだろ。勘違い女、ここに極まれりだな。


「ああ、そうだな」

 適当に相づちを打って、少しウトウトしながら、幸せな時間を過ごした。

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