第185話 予想外

―立花部長視点―


 ゆっくりと扉が開かれた。そこにいるはずがない男がずかずかと部屋の中に入ってくる。


「なんで……満田君がここにいるの?」

 思わず悲鳴が漏れた。

 その言葉を聞いて、男は嬉しそうに笑った。


「なんで、俺がここにいるのかって? それはな、お前たちを出し抜くためだよ」

 巨体を震わせて、今まで近藤君の腰ぎんちゃくとバカにしていたはずの男は、邪悪な笑みを浮かべていた。そして、彼の言葉の意味が頭に浸透してくると、血の気が引く音がした。


「出し抜く?」


「ああ、そうだよ。俺は、お前の作戦なんかに乗っかっていないんだよ。最初からな。話は聞いてやっていたけど、実行するつもりはなかったんだ。全部、俺に罪を擦り付けるつもりなのがわかっていたからな。そんな女の誘いにのるわけないだろ、馬鹿にするのもいい加減にしろよ」

 彼の下品な笑い声が、部室にとどろいた。


「で、でも、あなたはうまくやったって」

 松田さんもこの状況を呑み込めない様子で、震えながら聞き返す。


「ああ、うまくやったよ。ちゃんとサッカー部の近藤の子分たちには、池延エリが教師にチクるって話は伝えておいたよ。奴らは、今頃、池延の家に襲撃に行ってるだろうな。俺が事前に警察に密告しているのも知らずにな。馬鹿なやつらだよ。今頃、待ち伏せしている警察にとっ捕まっているんじゃねぇかな」

 彼の中に嫉妬や屈辱、劣等感のようなネガティブ感情が渦巻いているように見えた。


「どうして、仲間を売るようなことを……」


「仲間? 近藤と一緒に俺をパシリにして、3年間奴隷のように扱っていたやつらを仲間と思っているわけないじゃん。まだ、近藤のおかげでスポーツ推薦狙えるなら我慢もできたけど、あいつのせいでそれすらできなくなった。なら、復讐してやらないとなぁ」

 こちらの非難すら涼しい顔で壊れたように笑いながら受け流していく彼は、もうどこか壊れているように見えた。


「……っ」

 

「お前もバカだよなぁ、立花。なんで、よりにもよって俺に相談したんだよぉ。近藤をずっと恨んでいた俺によぉ。お前たちも近藤の女だったんだろ? なら、復讐対象だよ。ありがとうな、自分たちから教えてくれてなぁ」

 その言葉を聞いて、震えが止まらなくなる。

 事実上の死刑宣告。


「私たちをどうするつもり?」

 

「そう、おびえるなよ。お前たちなんかに興味はないんだからな。近藤と接点がある女なんて誰が手を出すかよ。俺はなぁ、俺を下に見ていたやつらが破滅するのを見るのが大好きなんだよぉ」

 そして、壊れたように笑いだす。自分が徐々にどうしようもない袋小路に追い詰められていくのを自覚し、めまいが止まらなくなる。


 大丈夫。まだ、私が関与したという決定的な証拠がない。どうとでも言い逃れができるはず。そうよ、まだ、まだ終わるわけにはいかない。


「おい、立花。どうしたんだよ、あんなに饒舌だったのによぉ。もしかして、もう、お手上げなのか? お前さ、小説でいろんな賞を取っているのに、どうして、気づかなかったんだ? やっぱり、才能がないんじゃねぇか?」

 一番聞きたくもない言葉が、追い詰められたこのタイミングでぶつけられた。屈辱、屈辱、屈辱っ!!


「うるさい。黙りなさい」

 思わず大きな声がでてしまう。


「怒るってことは、認めたようなものじゃねぇか?」

 最低の煽り文句のせいで、怒りに震える。


「黙れって言っているでしょ!!」

 廊下にまで響く声。自分でもこんなに大きな声が出ることに驚く。


「ちっ、意外と守りがかてえな。こんなに煽っても、でてこねぇか。じゃあ、いいや。あとは、うまく言い逃れるんだなぁ」

 そう言って、すたすたと廊下に出ていく。しまった。謹慎処分中の彼が、校内にいるということは……


「立花、お前は誰かを操るのが得意と勘違いしている、ただの無能だよ。少なくとも、このシナリオを描いた怪物には、足元にも及ばない。勘違いして、自分で墓穴を掘った馬鹿なやつだよ、お前はな」

 去り際まで、私の尊厳を傷つけようとする男をにらみながら、怒りに震える。


 そして、部室には教師たちが乱入してきて、私たちは取り囲まれた……

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