第186話 狂言回し

―一条愛視点―


「ありがとう、黒井。さすがね」

 黒井からすぐに連絡が入った。池延エリさんの外出時に、待ち伏せしていたサッカー部の残党たちが行った襲撃は、無事に鎮圧したという報告だった。いくら、運動部とはいえ、特殊な訓練を積んでいる黒井や警察の精鋭に勝てるわけがない。


 私は電話を切る。

 そして、約束していた場所に向かう。


 とある空き教室。協力してくれた男が待っていた。


「お待たせしました。私が、黒井の主。一条愛です」

 彼とは、黒井を通じて接触していた。だから、お互いにきちんと顔を合わせるのは、初めて。


 一瞬だけ彼は驚いた顔を見せた。そして、笑った。


「まさか、一条愛だったとはな。学園のアイドルが、謀略家とはみんな驚くだろうな」

 彼は、こちらに協力してくれた。だから、面と向かって会うことにした。彼はリスクを取ってくれたから、こちらもリスクを取ろうと思った。たとえ、英治先輩のいじめの加害者だとしても。許せないけど、彼がいなければ、今回の作戦は成立しなかった


「それは、あなたも同じでしょう。満田さん?」


「はっ、違いねぇえな」


「さきほど、黒井から連絡がありました。池延さんは、サッカー部の襲撃を受けましたが、警察によって鎮圧され、彼女は無傷だそうです」

 彼は少しだけ「そうか」と笑う。安心したような表情となっていた。


「なんで、俺に取引しようなんて言ったんだ?」


「とある人の助言です」

 私は、少しだけ苦々しい顔になりながら、説明する。


「ふん。どうだかな。どうして、気が付いたんだ。俺がサッカー部への……いや、近藤への不満を貯めているって」

 

「何度も言いますが、それは、私の手柄じゃないですよ。でも、今回のサッカー部への調査で、誰かが近藤へ揺さぶりをかけていたことは、すぐにわかりました。近藤と天田さんの密会を写真に抑えたり、それをサッカー部にわかるように暴露し、教師側にまで密告した誰かがいたことも。その誰かが、あなたはすぐにわかったんでしょう?」

 こちらからの問い詰めに対して、彼は苦笑していた。


「近藤に対して深い恨みを持っている人間がやっているのは、すぐにわかったよ。そうなれば、怪しい人間は二人だ。一人目の容疑者は、いじめられて社会的に抹殺されかけていた青野英治。そして、もう一人は、中学時代から俺たちと面識があった遠藤一樹。青野英治は、まだそんな、事件から立ち直れていないから、最有力候補は、遠藤だ」

 遠藤さんが、いろいろ近藤へ復讐するために暗躍していた可能性が高いのはこちらも把握していた。


「おっしゃる通り、普通に考えれば、サッカー部へ揺さぶりをかけていた最有力候補は、遠藤さんです。でも、結局、近藤はそこにたどり着かなかった。むしろ、サッカー部員は、ロッカーから近藤さんと天田さんの密会を抑えた写真が大量にでてきたあなたを怪しんでいる人も多かった。あなたは、自分に仕掛けられた罠を利用して、遠藤さんへ疑いの目が向けられないように、近藤たちに自分が怪しまれる状況を作ったうえで、遠藤さんを自由にさせようとしていたのではありませんか?」

 

「……」

 満田さんは、無言で笑っている。いろんな聞き取りをした結果、彼は自分への疑いを積極的に晴らそうとしていた形跡はなかった。まるで、疑いの目を自分に集中させようとしているかのように。


「そして、池延エリさんに、近藤と天田さんの関係を暴露したのかも、あなたじゃないかと思っています。違いますか?」

 これに関しては、ほとんど推測レベルで何の根拠もない。彼に直接聞いたわけでもない。でも、遠藤さんが自分から池延さんに復讐するというのも考えにくかった。だって、彼が動いた形跡は、近藤、天田さん、サッカー部員と直接、英治先輩に危害を加えた人間に集中していたから。


 でも、池延エリさんが暴走したことで、今回の事件の黒幕は追い詰められた。そう考えれば、誰かが池延さんの暴走を誘発させて、


「さぁ、どうだったかな?」

 彼は、結局何も明言しない道を選んだ。これ以上の追及は無意味だろう。


「そうですか……」


「でもな、これだけは言っておく。近藤は、俺や遠藤に寝首をかかれるなんて、想像もしていなかったんだよ。バカだろう。普通に考えれば、わかるだろうにさ。あいつは、遠藤によって潰されたと今でも気づいていないんだよ、きっとな。自分のことだけしか考えられないクズだったからな」

 満田さんは、満足そうに笑っていた。


 彼が、英治先輩のいじめ問題に関与していたのは、間違いない。だから、私が彼を許すわけがない。学校側の処分を止めることもできない。


「約束は守ってくれるんだろう?」

 彼はさっぱりとした表情だった。


「もちろんです。あなたの身の安全は、こちらで保証します」

 彼が、私たちに協力する際の条件は、身の安全の確保だけ。


「学校側から停学だが退学だか処分されるだろうが、あいつらの破滅を特等席で見ることができるんだ。満足だ」

 

 これで、残る問題は、立花部長たちのことだけだ。

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