第91話 近藤市議の・・・土下座
―近藤父視点―
「何を言っているんですか……」
震えた声で、思わずその言葉を発する。
「ごまかそうとしても、無駄だよ。近藤君。裏ですべて聞かせてもらっていたからね。そもそも、謝罪に来るなら、事前に連絡するのがマナー。いきなり来て、すぐに金の話。さらに、被害者感情も考えずに、示談を強要しようとする。人間として、最低の行為だったな」
その言葉を聞いて、血の気がさっと引いていく。
「そ、それは……こちらも余裕がなくなってしまって、つい強い言葉を使ってしまったというか」
しどろもどろになっているのが自分にも分かった。
「そうか、そうか。だが、近藤君。実は、キミの息子さんが通っている高校の校長さんとは、ボランティア仲間でね。ここまで言えば、分かるだろう。何が言いたいのか、理解してくれるかな?」
背中に脂汗が湧きでてくる。さきほどの昼休みに、学校で自分が何を語ったか、ありありと思いだしていく。
「あれは……」
もうすべて、前市長に伝わっている!?
意味が分かると、自分の身体の震えが止まらなくなる。
「まぁいい。青野さん、テレビをつけてくれ。そろそろ、時間だろう。英治君の晴れ舞台じゃ。録画はしているが、やはり生放送で見たいからの。こんな大バカ者はしばらく放っておこう」
「そうですね」
すでに、ふたりで台本でもあるかのように、こちらを無視して、レストランに設置されているテレビの電源をつけた。夕方のニュースが放送されている。
女のアナウンサーが次のニュースを読み上げる。
※
「高校生がお手柄です。消防から感謝状を贈られたのは、○○市に住む高校2年生の青野英治さんと1年生の一条愛さんです。ふたりは、先日土曜日に、駅前で突然倒れてしまった男性の救護をおこないました。ふたりは、男性を救急車にあずけた後、名前も名乗らずに、立ち去ったということで、SNSで救護するふたりの様子を録画した動画が多くの共感を集め、消防と警察が二人を探していたとのことです。ふたりの身元は、通っている高校の先生が……」
※
アナウンサーの声の後に、若い高校生のカップルが満面の笑みでインタビューに答えていた。
青野英治という言葉を聞いて、すぐにこの家の息子だと理解する。だが、この美談が本当の意味でどういう価値を持っているのか、理解できずにいた。
「近藤君? 英治君が助けた男性が、誰かわかるかな?」
南さんがそう問いかけてくると、自分は頭を横に振るしかできなかった。
「実はね、山田さんだよ。元県議会議長の。偶然とは怖いものだ。山田さんは知っているだろ。キミと同じ党の重鎮じゃからな」
知っている。県議会の重鎮であり、へたな国会議員も頭が上がらない大物だ。今は引退しているが、息子さんが後を継いでいるし、その息子さんもかなりの大物……
冷や汗が止まらなくなる。
「そうじゃ。近藤君に紹介したい人がいるんじゃよ。おーい、山田君!!」
裏からまた靴音が聞こえた。
「本当に、せっかく恩人の晴れ舞台をゆっくり見たかったのに。とんだ興ざめですよ、近藤市議?」
山田県議が、現れた。父の地盤を継ぎ、将来は国政進出も期待されている若手のホープだ。
「な、なんで……」
「実は、さきほど英治君と学校でお会いしましてね。そして、保護者の方にもきちんとご挨拶したく、南さんに取り次いでいただきここに来たんですよ。それが、まさかあんな愚行を聞かされるとは……失望しました」
彼はスマホを操作すると、ボイスレコーダーが録音した音声を再生し始めた。
※
「青野さん。私は、市議と建設業を営んでおります。できれば、物事を穏便に済ませておきたいのですよ。何を言っているか、大人なあなたなら理解できますよね?」
「これはひとりごとです。このお店は、亡くなった旦那さんが残した大切なお店ですよね。だから、大ごとにしない方がいいですよ。私が本気をだせば、こんな店、どうすることだってできるんですから」
※
「これをひとりごとなど言い訳できるはずがありません。他の市町村議会の議員がパワハラなどで問題になっているニュースをご存じないんですか、あなたは。マスコミにばれればすべて終わりです。恥を知りなさい。すでに、党ではあなたの除名が議題に上がっています」
いつもは紳士的な山田県議が、怒りをこめてこちらに詰め寄った。
「これは、ただの言葉の綾で。そもそも、なんで、南さんがここに……」
山田さんと南さんは、大きなため息でこちらに答える。
隠居した紳士は、冷たく言い放った。
「ここの先代は、わしの親友じゃった。ボランティア活動にも熱心でね。わしや市は、彼の強さと優しさに甘えてしまった。青野君は、ある意味、市政に殉じた英雄で、我々はどんなに頑張っても返せない恩がある。それすら、知らずによく今まで市議会議員などやれたな。その忘れ形見を傷つけ、貶めて、脅す。覚悟はできているんじゃろ?」
心の形が崩れ落ちていく音がする。まずい、自分が作り上げてきたすべてが崩れ落ちていく。
「た、大変申し、わけ……」
あわてて、南さんへ謝罪の言葉をかけようとしたところ、怒声が響き渡った。
「謝る方向が違うだろう。お前さんの息子は、何の罪もない英治君を大衆の前で殴りつけ、自分の保身のために嘘の情報を流し、彼を孤立させ、社会的に殺そうとした。それだけではなく、キミは我が身可愛さに、ご家族まで脅そうとした」
自分が知らなかった情報まで開示される。やはり、すべて伝わっている。もう逃げることはできない。
顔面が蒼白となり、さきほどまで強い言葉を使っていた青野英治の母に向き合った。ひざから崩れ落ちそうになって、そのまま頭が重力に負けて、床についてしまう。土下座だ。指示されたわけでもないのに、許しを請うために土下座を自分からしてしまった。人生で初めて、他人に全面降伏する屈辱。そして、それを上回るほどのすべてを失うことへの恐怖。
恐怖がすべてに勝った。
「さきほどは、大変失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
土下座までして行った謝罪は、しらけた雰囲気でほとんど無視された。死刑台に上る囚人のような気分で、私は地獄に立たされた。地獄はまだ続いていく。
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