第7話 学園一のアイドルとの逃避行&浮気女の絶望
「サボるって。あなた、今の状況わかってますか?」
もっといい提案できただろ、普通。お互いに制服がずぶぬれになって、ひどい有様だ。
「だって、仕方ないだろ。死のうと思ってここに来たのに、まさか自分が後輩の自殺止める側に回るなんて思わないだろ」
情けない声が続く。
「ですよね」
学園一のアイドルは、脱力してその場に座り込んでしまった。とりあえず、これで最悪の状況はなくなったようだ。
彼女は「ばかみたい」と言って、なぜか笑い出した。つられて俺も笑いだす。
「なぁ、廊下に戻ろうぜ」
「はい、そうですね」
お互いにひどい状況になっているのに、笑いは止まらなかった。
※
「ほら、とりあえずこれ使えよ」
カバンの中に入っていたタオルを差し出す。
「えっ、でも……」
まずは、あなたからでしょ。先に使ってくださいよと目が訴えていた。しかし、俺が先にタオルを使えば、水を含み過ぎて、一条さんが使えなくなるのはわかっていた。
「いいよ、さすがに女の子には優しくする」
正直、美雪の件で女性不信になりかけていたけど、ちょっとした戦友のようになっていた後輩には素直になれた。
「ありがとうございます。でも、あんまりじろじろ見ないでくださいね」
理由は聞かなくてもわかる。夏服の薄着が、雨で大変なことになっている。ワイシャツの下の薄いピンクのキャミソールが完全に透けて見えている。さっきから、見ては悪いと思いつつ、男の本能でチラチラ見てしまう。
「言ってるそばから、そうやって……セクハラです」
「ごめんって」
彼女は少しだけ不機嫌になりつつも、俺のタオルを受け取り、身体を拭いていく。
その
「それでこれからどうするんですか。私をサボりに誘ったんだから、なにかしらのプランがあるんでしょ。まあ、どうせ今日は午前授業だけだから、午後からは休みになっちゃいますけどね」
サボる時間はあと30分くらいだ。
「これじゃあ、不良なんてカッコいいものじゃないな」
俺が苦笑いすると、彼女もつられて笑う。さっきから、かなり砕けた表情を見せてくれる。俺の記憶じゃ、この後輩はいつも張り詰めた威圧感ある美人って感じだった。何人か同級生が告白したらしいけど……
※
「なんで、知らない人とお付き合いできると思うんですか?」
「初めてあった人に告白される人の気持ち知ってます? 知らないんですよね。なら教えてあげます。正直、恐怖しか感じません」
「結局、あなたって私の容姿やステータスにしか興味がないんですよね? 手紙読ませてもらいましたけど、結局そういうことしか書かれていませんでしたよね? こういうの読まされると傷つきます」
※
たしか、証言者はこう言っていた。
うん、
だから、俺の提案がこうも簡単に受け入れられるのは正直驚いたというか。ひどい
「これじゃあ、足りないと思いますけど、お返しです」
彼女は綺麗なハンカチを差し出す。どうやらタオルが使えなくなったのを気に病んでいるようだ。ありがたく受け取る。
落ち着いたら空腹を自覚した。さすがに一人で食うわけにもいないよな。
俺は持っていたおにぎりを、半分に割って彼女に渡した。中身はツナマヨだ。今まで食事の味もわからなかったのに、不思議と美味しく食べることができた。
「美味しい。これツナですよね。マヨネーズとあえた?」
まるで深窓の令嬢みたいなことを言う。
「ああ。食べたことない。コンビニとかのおにぎりの定番だぞ、ツナマヨ」
「そうなんですね。みんなこんなおいしいもの食べてたんだ」
どうやら、本当にいいとこのお嬢様らしいな。
「ほかにもたくさん美味しいものあるぞ。それを知らずに死ぬのはもったいない」
「うまいですね。そう言われちゃうと、興味が出ます」
目の輝きが強くなった。どうやら、かなり好奇心
しかし、持ってきたおにぎりは1個だけ。さすがに食欲がなかったので、最低限の食事しか用意していなかった。いくら、女の子でもおにぎり半分じゃさすがに満足できないだろうな。
じゃあ、サボるならあそこしかないよな。
「なぁ、一条さん。俺の家、来ない?」
「はぁ!?」
※
―幼馴染サイド―
エイジは朝のホームルームの前から教室に戻ってこない。
教師に見つからないように、机に落書きした張本人たちが慌ててそれを消していた。それでも油性ペンでそれを書いたせいか完全に消すことはできなかった。薄く汚れたエイジの机が、私自身の心のように見える。
彼は学校を辞めるかもしれない。私のせいで。一生消えない十字架。自分の気持ちを優先するあまり、一番大事な人の人生を狂わせてしまう恐怖。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
まさか、近藤先輩があんなうわさを流すなんて思わなかったの。私は悪くない。私は悪くない。謝ればきっと許してくれる。
午前中の最後の時間が終わりを迎えようとしている。ふと、グランドに目を向けると、エイジの姿が見えた。
その姿を見つけただけでどうしようもなく嬉しくなった自分は、すぐに絶望に落とされる。
彼女の後ろには、私の知らない女がいた。二人は仲良く手を繋いで校門に走っていた。まるで、映画の主人公たちのように。
なんで。
なんで。
なんで。
どうしようもないほど、嫉妬心が頭を焼いていく。
私だけのものだったはずの彼の手が、私ではない女に向けられている。
えっ、どうして。
あの時、自分から別れ話をしたはずなのに、それすら忘れて嫉妬の炎が燃え上がる。
いきなり大粒の涙が流れて、それを隠そうと机に頭をうずめた。
「だれよ、あの泥棒猫っ」
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