第12話 紅茶&絶望の元カノ
「ごちそうさまでした。ランチ美味しかったです」
母さんが、食後の紅茶を持ってきてくれた。ロゼ&ストロベリーというフレーバー紅茶だ。
ロゼワインで風味付けした紅茶に乾燥イチゴを加えて、ワイン&ストロベリーのフルーティー感を強めた紅茶。母さんのお気に入りで、大事なお客さんをもてなす時に出される。
「よかったわ。この紅茶も私のコレクションの中で一押しなのよ。ワインで風味付けしているけど、アルコールは飛んでいるから未成年の愛ちゃんでも飲めるわよ。無糖でも美味しいけど、少しだけお砂糖を入れると幸せな気分になれるわ」
ちなみに、母さんは結構イギリス趣味だったりして、お酒もスコッチウィスキーやジンを好む。寒い日には、紅茶の中に小さじ1杯のブランデーやワインを入れて、ホットカクテルを作ったりしている。
さすがに飲ませてはくれないが、ブランデー紅茶はアルコールの嫌な匂いはまったくなくて、紅茶の香りを強めてくれる。俺も香りだけで幸せな気分になる。
俺があまりに羨ましそうにしているから、紅茶店で同じようなフレーバー紅茶を探してきてくれたのが、ロゼ&ストロベリーティーってわけだ。
「美味しい。香りが豊かで、たしかにこれは無糖よりもお砂糖を入れた方が合いますね!」
「でしょ。ちなみに、愛ちゃんはどんな紅茶が好き? 私はね、ストレートならやっぱりダージリンかな」
「私もダージリン好きですね。最近だと、和紅茶にもハマってて。フレーバー系だとアプリコットとか南国フルーツ系が……」
「まぁ!! いい趣味してるわね。ぜひ、おすすめの紅茶屋さんに行きたいわ。そこね、隣がカフェになっていて、気になる紅茶を試飲しながらスコーンとかクッキーとかを食べることができるのよ」
「そんなに魅力的なところがあるんですか!! ぜひ連れて行ってください」
一条さんは、完全に母さんとなじんでいた。
「嬉しいわ。私、娘が欲しかったのよね。エイジだけじゃなくて、私とも友達になってね」
「はい!」
趣味の話で盛り上がっている女性陣に俺は苦笑いしかできなかった。
※
「じゃあ、私はこれくらいで」
30分ほど紅茶を楽しんだ後、もうすぐ休憩時間になるので一条さんは俺の家を出ようとした。
「駅まで送っていくよ」
「大丈夫です。楽しすぎて、余計に寂しくなってしまいますから」
彼女はいたずらに笑う。ごまかしているが、かなり本音を忍ばせていた。
「そっか。じゃあ、気を付けろよ」
さっきまで死のうとして後輩をひとりで帰らせてしまっていいのか。少しだけ不安になる。
「大丈夫です。私はあなたを知ってしまったから。こっちにいる理由ができちゃいましたからね」
あえて言わないようにして、俺たちは納得する。
最悪の場合は、乗り越えたな。そう感じた。
「ねぇ、先輩?」
「ん?」
「私達、もう"友達"ですよね?」
「当たり前だろ。ある意味、1日で親友になっちまったよ」
「ふふ、嬉しいな。これからもよろしくお願いしますね、先輩!」
彼女は、母さんと兄貴に丁寧に挨拶してから、外に出ていった。
※
私は、キッチン青野を出る。人生で一番楽しかった2時間だったかもしれない。初めてできた親友の顔を思い出しながら、私は迎えの車の元に向かう。
「今はまだ、友達でいいよね?」
聞こえないはずの先輩に向けて、小さくそう問いかける。
『お迎えに上がりました。お嬢様』
運転手の黒井が心配そうにこちらを見ていた。
「ありがとう」
また、かごの中の鳥に戻る時間がやってきた。
※
―美雪視点―
私は、ちゃんとエイジに謝ろうと"キッチン青野"にやってきた。入るのが怖い。いつも気軽に入っていたはずなのに、今では壁があるようにすら感じられる。
どうしようかと悩んでいると、誰かが中から出てくる気配を感じて、慌てて身を隠す。
同じ高校の制服を着た女の子だった。
さっきの泥棒猫。
そう思って、彼女の顔を凝視すると、思いもよらない人物だったことに気づく。
「一条、愛??」
どうして、学校のアイドルがここに?
文部両道で名家出身。入学テストではほぼ満点の歴代最高得点で入学し、スポーツもできる完璧超人。
それでいて、男嫌いで有名ですべての告白を断り続けていると聞いたのに。
信じたくはなかった。でも、よくわかった。色恋に狂っている自分だから。
彼女は間違いなく、恋に落ちた女の顔をしていた。
それが誰に向けられたものか、簡単に想像できた。私しか魅力がわからないとうぬぼれていたエイジしかいない。なんで、なんで、なんでなの。どうしてよりにもよって、一条愛なの!?
勝てるわけがない。どこをとっても私とは別の次元にいる女の子だ。
早くしないと、エイジが取られちゃう。
そう思って、私は早く彼に会うために動こうとした。
しかし、続いて扉が開いた。
出てきたのはエイジのお母さんだった。
「あら、美雪ちゃん。こんなところに隠れてどうしたの?」
変わらないいつもの口調で、彼女は笑った。
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