第117話 エアホッケー&部長の・・・

 こうして、俺たちはエアホッケーのダブルスをすることになった。

 もちろん、カップル対抗で!

 

 俺は一条さんとペアを組み、遠藤とは別れた。

 しかし、思いもしなかった組み合わせだ。これじゃあ、まるでダブルデートだ。そう思って苦笑いする。


 一条さんは、やる気満々で、丸いプッシャーを持っていたが、使い方がよくわからないようだった。


 対して、向こうのペアは、かなり慣れている。コンビネーションも万端だった。

 一条さんは、「えい」と元気よく攻めるが、たまに空振りしたりしていた。でも、それ以上に楽しそうだった。


 そうか。これは勝っても負けても楽しんだほうがいいんだ。ゲームの途中にそう気づいてから、本当に幸せな時間だった。幼馴染コンビは、本当に息ぴったりな動きをする。逆に俺たちは、少し気を使いすぎているのかもしれない。でも、一条さんが楽しそうに、遊んでいる姿を見ることができて、自分まで楽しくなってしまう。


 結果は、ダブルスコアで負けてしまったが、俺たちはどこか満足気に笑っていた。


「あー、負けちゃったけど、楽しかったですね。ねぇ、遠藤さん!! 今度は4人でレースゲームしましょうよ!」

 一条さんは本当に楽しそうに笑っていた。ちょっと前まで、つんつんして人の善意なんて信じられないと思っていた女の子とは思えないほどに。


「いいわね。今度も一条さんたちをぼこぼこにしちゃうわよ!」

 堂本さんは意気揚々と笑っている。

 遠藤もどこか楽しげだ。

 こうして、俺たちは最高の1時間を過ごした。


 ※


「いっぱい遊んだねぇ。今日初めて遊んだとは思えないくらい楽しかった!!」

 堂本さんは、からからと笑う。俺たちも同じ意見でただ頷くことしかできなかった。


「なぁ、青野君。俺たち、この後デザート食べて帰るつもりなんだけど、よかったらどうかな?」

 遠藤もありがたい誘いをしてくれる。でも、もうすぐ、予定の時間だった。

 返答に窮していた俺を察して、一条さんが答えてくれる。


「ごめんなさい。実は先輩は、この後予定があるみたいで! 私だけならぜひご一緒したいんですが、お邪魔じゃありませんか?」


「そんなことないよ。むしろ、青野君がいないほうが好都合というか。いろいろ、話を聞かせてよ。女同士で、たくさん恋バナしよう!」

 その返事に少しだけ困っていた一条さんに対して、俺は「いっておいで」と助言した。彼女は、うなずく。そして、小声でこう言った。


「まだ、お話をしたいので、打ち合わせが終わったら合流してもいいですか?」

 本当にいつになくしおらしい問いかけにこちらまでぞわっとする。

 だが、むしろうれしい提案だった。

 もちろんと答えると、一条さんは最高の笑顔を返してくれた。


「先輩。この1週間、あなたに助けてもらったことに本当に感謝していました。私ってこんな楽しいことや人の善意を知らなかったんですね。それを知らずに、馬鹿なことをしようとしていた。あの屋上であなたに会えてよかった。こんなに温かい世界を教えてくれて……気づかせてくれた。英治先輩のおかげですよ。打合せ頑張ってくださいね!!」

 その言葉に、本当に救われる気持ちがした。


 遠藤たちに別れを告げて、俺は編集さんと待ち合わせいているカフェに向かった。


 ※


―文芸部長視点―


 あてもなく駅前に来た。適当に空いている場所でご飯を食べようと思ってあたりを見渡す。そこで、会ってはいけない男のことを目撃した。ゲームセンターから出てきた青野英治君だった。


「あっ」と思わず、彼を凝視する。彼はゲームセンター近くのカフェに入っていった。私も、それを追う形でそちらに入る。


 もう、本能で動いてしまったその決断が一生の後悔につながるとも知らずに。

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