第116話 英治と遠藤

―遠藤視点―


 ゆみと一緒に駅前のゲームセンターにやってきた。ここは3人で通っていた思い出の場所だ。エリと一緒にクレーンゲームをしたり、ゆみと一緒に対戦ゲームをしたり……


 ここには楽しい思いでしかない。あの楽しかった日々が遠くに行ってしまったようで、寂しくなってここに来ることはなくなっていたが、ようやく戻ってくることができたな。


 近藤たちが通っていたのは、別の治安の悪いゲームセンターで尾行している時ですら、嫌悪感を感じた。


「ねぇ、一樹! 格ゲーしよ」

 あの頃の思い出通りのゲームを指さして、笑う。


「久しぶりだけど、できるかな。コンボとか忘れちゃったよ」


「だよね。私も久しぶり。だって、次ここに来るのは一樹と一緒にって決めてたから」

 その言葉を受け取って、ゆみも同じだったんだと思う。もっと早くこの時間を取りもどせばよかった。後悔だけが心に残る。


「いろいろ感傷に浸りたいところだけど、私たちはパンチとキックで決着つけよう。お互いにお互いを傷つけてたんだからさ。これは仲直りの決闘だよっ!」

 俺たちは、ある意味仲直りの儀式を済ませた。


 ※


「一樹の嘘つき。コンボ忘れてないじゃん」


「しょうがないだろ。身体が覚えていたんだからさ」

 俺たちの仲直りの決闘は、笑顔に包まれていた。ゆみは、相変わらずレバーをガチャガチャしてよくわからないまま乱戦になって、俺のえじきになる。そうだった、これが楽しかったんだよな。


「ありがとうな」


「こちらこそ、久しぶりに遊べて楽しかったよ。次は、エアホッケーしようよ」

 ゆみは、エアホッケーに向かって走り出す。おい待てよという俺の静止を無視して、ルンルンで。


 追いかけようとしたところで、物陰からきた別の客と俺の身体が接してしまう。


「あっ、ごめんなさい」

 女の子の声だ。


「いえ、こちらこそ……あっ」

 そこにはよく見知った顔がいた。

 学校のアイドルとして有名な一条愛と、青野英治。

 俺の大切な友達だった。


「青野君と一条さん……」

 困惑と偶然の出会いによる動揺で思わず声が上ずってしまう。

 青野君とは、あの事件以来、連絡を取り合っていなかった。下手なことをすれば、余計にいじめが過熱する危険性があったから、できる限り彼には悟られないように、秘密裏に動いた。


 ゆみすら拒絶した俺にとっては、彼が最後の社会とのつながりだった。すぐに、彼経由で今井やクラスメイトともつながりができていって、高校生活に希望を与えてくれた。


 だからこそ、俺の復讐に巻き込みたくなかった。彼の優しい性格を考えれば、復讐という選択肢をとるわけがない。だから、俺が汚れ役になるつもりだった。近藤を止めなくちゃいけなかったのは、俺だから。


 それでも、我慢できずに、登校日初日の夜にメッセージを送ってしまった。


「俺は、青野君を信じている」


 その日は既読がつかなかった。たぶん、SNSの罵詈雑言から逃げるために、スマホの電源を落としていたんだろう。そこに埋もれてしまったんだと思う。


「遠藤!! こんなところで会うなんて奇遇だな!」

 青野君はいつもと変わらない声で話しかけてくれる。それが、どうしようもなく嬉しかった。


「一樹、お友達?」

 ゆみは、不思議そうに聞く。


「青野英治です。遠藤とは1年生の時にクラスが一緒で」

 青野君は、俺の返答を待たずに食い気味で答えてくれた。そして、俺の耳元でつぶやく。


「もしかして、彼女か?」って。そのひそひそ話は、ゆみにも聞こえていたみたいで、少し苦笑を浮かべていた。


「違うんですよ、幼馴染なんです、まだ。一樹と私!」

 事情を知らないゆみは、そう答えてしまう。失敗したかもしれないと思って、心配になった俺の不安をよそに、青野君は「そうなんですね」と笑っていた。天田さんのことなんてもう吹っ切れているようにさえ見えた。


「青野さんのほうこそ、そちらのかわいい女の子は彼女さんですか?」

 学校が違うゆみでも、やはり横の美少女は気になるらしい。


「申し遅れました。私は、英治先輩の後輩で、一条愛と申します。まだ、付き合っていません」

 その返答は、ゆみの返答に対するウィットが効いたものだった。俺たちは笑いあう。


「そっか、そっちもそうなのね。ねぇ、よかったらエアホッケーのダブルスやらない? せっかく会えたんだし」

 ゆみの返答に二人は即答した。「いいですね」って。俺は思わず予想外の流れにくらくらする。


「あっ、ふたりとも先に場所だけ取っておいてくれよ。遠藤と少しだけ男同士の話があるから」

 そして、青野君は予想外の流れをさらに加速させた。


 ※


「それで、話って何?」

 こっちは恐る恐る聞く。青野君は、その心配をよそに弾けんばかりの笑顔になっていた。


「遠藤、ありがとう。メッセージ返せなくてごめん。気づくのに遅くなっちゃってさ。でも、あのメッセージのおかげで、俺はかなり救われたよ。一条さんや家族と先生、今井だけじゃなくて、高校で出会ったばかりの遠藤にも信じてもらえるってやっぱり嬉しかったんだよ。いろいろあって、もっと早く連絡すればよかったんだけど。俺と連絡とっているせいで、迷惑もかけたくなかったし。だから、今日偶然会えてよかったよ。本当にありがとう」

 そういって誠実にこちらに頭を下げる彼のことを見て、自分は間違っていなかったと確信する。すべてが報われたように感じた。

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