第166話 一条愛と友達

―一条愛視点―


 林さんを抱きしめて、彼女の悔しさや恐怖を分かち合う。

 こんなに泣いてしまって。本当に怖かったんだと思う。匿名の人間に、悪意を向けられる。それがいつ現実世界のものになるか、わからない。


 匿名での誹謗中傷は本当にずるい。直接言われるよりも、疑心暗鬼などから、誰が言っているかわからないという恐怖が襲い掛かってくるから。


「大丈夫だよ。私は、あなたの味方だから」

 こんなことしか言えない自分が、情けない。でも、少しでも彼女に寄り添いたい。そう思った。


 林さんは、引っ込み思案な女の子だ。それでもいじめに同調はしなかった。勇気ある行為だと思う。同調圧力に負けずに、私が先輩の原稿を取り戻した時も協力してくれた。


 部員が全員いなくなった後に、連絡してくれて、わざと部室に鍵をかけないでいてくれたんだ。


 そんな彼女が弱音を吐いて泣いていた。


「最低なことをしたんだ、私。あんなにやさしくしてくれた先輩のいじめを見て見ぬふりをしたんだもん。彼は優しいから、許してくれたけど、それでも、自分が最低なことをしたってわかっている。私もみんなと同罪なんだよ」

 本当にまじめな女の子だ。直接の加害者でもないのに、彼女は一番最初に先輩に謝った。まだ、無実もわからない状態で。それがどんなにすごいことか、彼の心がどんなに救われたか。


「違うよ、あなたは英治先輩にちゃんと謝れたんだから。こんな卑怯なメッセージを送ってくる人たちは、自分が直接先輩に危害を加えたのに、謝ろうともしない。むしろ保身のために、あなたにまで害を加えようとしてくる。許されないのは、そんな最低なことをしている彼女たちなんだから」

 私の言葉を聞いて、彼女は震えて「ありがとう」と言った。

 許せない。ここまで彼女を追いこんで、自分のことしか考えていない文芸部員たちを……英治先輩の才能をつぶそうとした彼女たちを、私は絶対に許さない。


「怖いよ。青野先輩はこんなに怖い思いをしていたんだね。本当に申し訳なくて、自分が許せなくなる」

 本当にこの子は……


「林さん。先生に相談しよう。この学校の先生なら絶対に味方になってくれる。あなたが目立ちたくないなら、代わりに私から相談するから」

 私のこの言葉に「うん。お願いします」と言ってくれた。

 英治先輩の名誉のためにも、林さんの今後の未来のためにも、この問題は必ず早期に終わらせなくちゃいけない。私はそう決心して、彼女の身体を力強く抱きしめた。


 ※


 林さんを教室に送り届けた後、私は早退を担任の先生に申し入れた。

 そして、すぐに目的の場所へと向かう。


 部屋の主からは、なにかあったらすぐに相談してくださいと言われている。

 だから、大丈夫だ。この学校で唯一、私の立場を理解してくれている人のもとへと。


 部屋をノックする。

「どうぞ」

 紳士的な声が聞こえた。


「失礼します。校長先生、折り入って相談したいことがあるんですが」

 彼はゆっくりとうなずき、まだ授業中だとわかっているはずなのに、何も聞かずに私を出迎えてくれた。

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