第195話 美雪
―美雪視点―
相変わらず、謹慎中。
お母さんも入院しているから、家に一人だけ。精神的に一番つらい沈黙の時間。
普段ならテレビや動画サイトでも見て、不安を紛らわせるけど、今はそんな気分でもない。テレビをつけても、学校のいじめ問題が大々的に報じられ続けている。
いじめの首謀者だったサッカー部の人たちは、事情を詳しく知っているはずの女子生徒に口止めしようとして、暴行未遂で捕まったらしい。報道では、近藤先輩のお父さんの事件と絡めて、地元有力者の息子による大スキャンダルとして報じられている。
『有力者だった父親の名声を利用して、サッカー部員を子分のように扱い、無実の男子生徒にえん罪をなすりつけた上に、誹謗中傷し、いじめていたクズ息子』
『近藤息子は、本当にクズだな。そんなクズについてた子分たちだから、仕方ないわ』
『今回の件、絶対に余罪もあるよね』
ネットのSNSでも、こんな感じで、いじめ首謀者たちへの追及がにぎわっていた。
学校の生徒たちのSNSアカウントにも動きがあった。
どうやら、英治が所属していた文芸部もいじめの加害者であり、部長が近藤先輩とずっと付き合っていたといううわさが広がっていた。ふたりがいじめの中心人物だったとみんなが言っている。
文芸部には、他にも近藤先輩と付き合っていた人がいるという噂も聞こえてきた。
近藤先輩が捕まってから、会えていない。だから、聞くこともできない。
「結局、私も……たくさんいる都合の良い女友達の一人だったんだ」
すべてを捨てて、彼を選んだはずだった。
英治も、英治の家族も裏切った。
お母さんにも失望されて、学校から処分されるのを待つだけになっているのに。
近藤さんは、最初からずっと私を遊ぶための道具としか思っていなかったんだ。
「……っ」
あの日。浮気が見つかった日。
私は、自分の部屋で近藤さんと二人っきりになって、泣き崩れていた。
※
「どうしよう、どうしよう。謝らなくちゃ」
私が部屋から出ようとすると、彼は腕をつかんで離さなかった。
「どうして、先輩。手を放してください」
あまりにも強く握られていたから、跡がついていた。
「美雪。もういいじゃん。俺と正式に付き合おうよ。謝っても無駄だろ。あんな状況」
「でも……」
こんなお別れは嫌だった。だって、英治は……
「結局、お前は、ずっと遊びだったんだな。俺は本気になっていたのに」
寂しそうに懇願する彼を見て、頭はパニックになっていた。
「お前は、結局、俺と幼馴染、どっちを選ぶんだよ。もう無駄だぞ。今から謝りに行ってもさ。お前は、最低の女なんだからな。俺に殴られた恋人に寄り添うわけでもなく、放置して最低の捨て台詞を吐いたんだ。いつまで、優等生やっているつもりだよ」
そう言われてしまうと、もう自分が汚れ切っていると自覚させられてしまう。
「……」
「なら、俺を選んでくれよ。俺は本気なんだ。あんなやつ、忘れて、今日はずっと一緒にいてほしい。美雪には、もう、俺しかいないんだろ?」
肩を抱きしめられて、優しい言葉をかけられる。それは、絶望していた心には甘い誘惑だった。もう、辛いことを考えなくてもいい。この一瞬が幸せならそれでもいい。
私は、彼の唇を受け入れる。自分の弱い心が、思考を放棄して、彼を選んでしまう。
そのまま、私はすべてを受け入れた。彼の力強い腕が、すべてを抱きしめてくれる。
※
「なぁ、美雪? どうする。お前の幼馴染が、全部、バラしたら、俺たち、停学かもな」
すべてが終わった後、彼は私にそう問いかける。英治はそんなことしないと否定したかった。でも、私には否定する資格もない。
「そうなったら、お前も俺も全部失う。俺は、スポーツ推薦もらえなくなるかもしれない。お前だってそうだろ?」
そう不安をあおられると、必死にうなずくことしかできなかった。
先輩は、さっきつかんで跡が残った私の腕を見て、こう言った。
「なぁ、美雪。念のため、この跡、写真撮っておいてもいいか」
「えっ!?」
嫌だと首を横に振る。
「大丈夫だ。誰にも見せないし、俺のスマホに入れておくだけだ。青野英治が、何かめんどくさいことを言ってきた時に、防衛策として使うだけだよ。これは、俺たちのことを守ってくれるお守りみたいなもんだ。ずっと、一緒にいるためにさ」
自分のことを一生懸命考えてくれることが嬉しかった。だから、思わず受け入れてしまった。それが破滅へとつながる地獄のチケットだと知らずに。
「うん」
※
そして、私は地獄にいる。
もう一人の心の中にいる私が、自己憐憫に浸る自分を断罪する。
「なによ。いつまで被害者ぶっているの? 結局、あなたは遊んで捨てられる運命だっただけ。近藤先輩に写真をばらまかれたときも、特に抗議もしなかった。みんなに、英治が無罪だって言ってあげることもしなかった。そもそも、最初からあんなに優しい英治を裏切っていた自分がいけないんじゃない?」
やめて、やめて、やめて。
「私は、ただ自分がかわいかっただけ。英治を裏切ったときも、近藤先輩の見た目やステータスの高さだけに目を奪われた。今回も、自分の信用や名誉のためだけに、英治を傷つけて、自殺寸前まで追い込んだ。自分の身、かわいさにここまで来た。そうでしょう」
わかった、わかったから。もうやめて。
「英治が味わった地獄に比べたら、まだ、地獄でもないよね。あなたは、他人の人生をめちゃくちゃにした。それも、恩人といってもいいくらい大事な人の人生を。恩をあだで返したのだから、どう償うべきかは一生をかけて考えなさい」
声にならない悲鳴を上げて、じゅうたんをかきむしる。
ねぇ、私はどうすればいいの?
誰も答えてはくれなかった。
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