第196話 2回目の映画デート
俺は、朝早起きして、駅前で待つ。
土曜日ならもう少しゆっくり寝ていたい気もするが、一条さんとの約束のおかげで、すんなり目が覚めた。さすがに、今週はいろんなことが起きすぎた。人生で一番濃密な2週間だと思う。
「映画楽しみだな」
今日は、映画デートだ。ずっと楽しみにしていた。
一条さんは、暇があれば映画を見たり読書をしているらしい。なので、おもしろい映画や本に詳しい。俺も小説のほうは詳しいんだけど、映画は専門外なので、正直ありがたい。
この前、一条さんとみた「フォレスト〇ガンプ」は面白かったし、アメリカの歴史の勉強にもなった。冷戦やベトナム戦争、黒人差別、政治スキャンダル。その大きな歴史の流れを、一般人の目線から再現する手法はとても面白かった。自分の創作にも生かせると思う。
今日見る映画は、「言の葉の〇」という新宿御苑を舞台にした教師と男子生徒の恋愛アニメ映画らしい。人格の入れ替わりで有名なアニメ映画の監督の前作で、東京の映画館でリバイバル上映されるとのこと。
「小さいころに上映されていた映画だから、実際の映画館で見たかったんですよね。監督の映画は、ブルーレイで集めているんです」
年相応の少女の顔になっていた。一条さんが、重い荷物をおいて、女子高生らしい屈託のない笑顔を見せてくれるのは嬉しい。
学校では、大変なことになっている。文芸部への捜査は本格的に進んでいて、先生たちからは、文芸部の立花部長が近藤と共に主犯格の存在だったことが判明したと先生たちからも説明を受けている。いじめや暴行、窃盗の実行犯には、学校は容赦しないと言ってくれている。
「英治は、気にしないでいいわ。あとは、私たちで何とかするから」
俺のことを気遣って、母さんはそう言ってくれた。その言葉に甘えようと思った。このまま、ずっと他人を恨んで生きるよりも、小説の執筆や一条さんや助けてくれた友達と一緒に前を向きたい。将来の自分のために何かしたいと思った。
「先輩、お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
一条さんは、落ち着いた白のワンピースを着ていた。
朝10時に上映が始まるので、約2時間前に集合。一条さんは、パンフレットやジュース、ポップコーンなどをじっくり考えたいらしいので時間に余裕を持って集まったわけだ。
あいさつもそこそこにすぐに電車に乗る。
彼女は見るからに、ルンルンとしていた。
「そんなに楽しみ?」
「はい! 私にとって、映画館は特別なんですよ。映画館の中では、いろんなことを忘れることができるんです。全部に没入して、時間も忘れられる。お菓子もジュースも、映画館なら自由に選べるんです」
彼女は、おそらく相当なお嬢様だ。だからこそ、自由になれる場所というのは少ないんだろう。
「あっ、バカにしてますか? 子供っぽいとか思ったでしょ?」
いつになく、楽しそうに、少しだけすねる彼女がいとおしいい。
「そんなことないよ」
俺の下手な言い訳に、彼女は笑う。楽しくて、楽しくて、しょうがない。そんな、女の子の笑顔だった。
「いいですよ。自分でも子供っぽいと思っていますから。でもね、先輩。この前まで、私、家の人たち意外と映画なんて見たことなかったんですよ。だから、この前一緒に見たのが初めてで。とっても、楽しかったんです。好きな人と、映画を一緒に見るのが」
「よかった。俺も楽しみだよ。一条さんの映画のセンスはいいからね」
彼女は、嬉し恥ずかしそうに赤面した表情を隠そうと、反対側を向いてしまう。
「もう、そうやって、いつも不意打ちしてくる。ずるい。自分の好きなものを的確にほめてくれるのは、嬉しすぎて、恥ずかしくなる」
こんなかわいらしい反応をしてくれる女の子に、支えてもらっていたんだなとわかる。かなり、無理をさせてしまったことも。
「今日は、他に行きたい場所ある?」
「映画の聖地巡礼にも行きたいですし、美味しそうなカフェにも行きたいですね。あと、もし時間があれば……少し遠いんですが……先輩と行ってみたいところがあるんです。ちゃんと言わなくちゃいけないことがたくさんあるから」
さきほどまでのリラックスした表情から、急に深刻な顔になる。言いにくいことを言わなくちゃいけない。そう決心したように見えた。
別に聞かなくてもいいと思っている。このまま、ずっと楽しく過ごしてもいいと思う。でも、彼女のまじめな性格を考えれば、言わないこともつらいのだと思う。なら、俺は彼女のペースで教えてもらうだけだ。
「ああ、どこでも行こう。一条さんが行きたい場所なら、どこまでもついていく」
少しだけ安心したように彼女は笑う。
楽しい週末デートは始まったばかりだ。
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