第55話 文芸部部長の暗躍&自宅デート

 電話を切る。ふぅと、ため息をついてから、ベッドに寝転んだ。


「まったく、バカばっかりね」

 結局人間なんて、情欲で人生を台無しにする。黒幕のように振る舞っている近藤君も結局同じだ。


 私たちは結局、利害関係が一致しているだけに過ぎない。お互いの性欲をただ解消するだけの関係が、少し共犯関係になっただけ。たとえ、その共犯関係がバレたとしても、私は責任を取るようなことにはならないはず。だって、すべては近藤君がやったことだから。


「全部、青野君が悪いのよ」

 最初は後輩として、彼を可愛がっていたけど、彼は私の好意を踏みにじって、幼馴染に走った。さらに、文学の才能でも、私のはるか上のものを持っている。こんなことされたら、部長して3年間頑張って来た自分がバカみたいじゃない。だから、私は近藤君に走った。近藤君に協力して、天田さんを近藤君の毒牙にかけて、堕落させて、さらに青野君の才能を上から叩き潰す。それがたまらなく嬉しかった。


 自分が何者かにでもなったような全能感。


 私は、優しい部長として仮面を被っていたから、こういう風に誘導するのは簡単だった。もうひとりの2年の子を近藤君にあてがって、彼女を経由して、天田さんと近藤君を繋げる。こうすれば、私は直接手を汚さずにすべて行うことができたの。私は、尊敬できる先輩として、天田さんの背中を少し押してあげればすべて解決よ。


「でも、まさか天田さんがあんなに堕ちるなんて思わなかったわ。あの子、悪女の才能あったのね」

 そこだけは予想外だった。まさか、えん罪をなすりつけるために、彼女から反発くらいはあると思っていたんだけど、すぐに同調してくれるとはね。おかげで仕事が楽になったわ。


 そろそろ近藤君もダメじゃないかしらね。誰かの介入によって、二人の密会写真がサッカー部に流されて、もうボロボロ。こちらはあまり深追いしない方がいいわ。このままでは、巻き込まれるのこっちだから。


「でも、誰がこの動きを作ったのかしら。少しムカつくわね」

 おそらく、青野君本人ではない。彼がここまでできるなら、そもそもえん罪事件に巻き込まれていないはず。なら、最近彼と仲が良い、一条さん? 彼女はどちらかと言えば、清廉潔白側の女性。こういう邪道を使うタイプには思えない。


 つまり、第三者の介入があるということね。近藤君は、その脅威に気づいていない。結局、あいつはバカなボンボンということね。神輿は軽い方がいいけど、軽すぎるのも考え物ね。


 まぁ、いいや。かなり優秀な第三者みたいだけど、こちらにたどり着くことはないだろうし。そもそも、彼とこちらのつながり何て、ほとんどないんだからね。


 ※


 ここが一条さんの家か。かなり立派なマンションの部屋だった。

 ここに一人暮らしなのか。いや、お手伝いさんはいるみたいだけど、それでもどこかいびつなものを感じてしまう。


「いまから、お茶持ってくるので、ここで少し待っていてくださいね」

 そう言って、案内された部屋は、大きな本棚がたくさんある書斎みたいな部屋。


「すごい数の本だ。お金持ちの家って感じだ」

 本はほこりもきちんと落とされていて、かなり丁寧に保管されていた。

 最近発売されたばかりの新刊もたくさんあるので、本当に本が好きなんだな。


 机の上には、幸せそうな3人の家族写真が飾られていた。撮った時期は、きっと小学校入学前後くらいか。こんなに幸せなそうな家族なのに。


「お待たせしました。お茶です。あと、チョコレートもあったので、食べてください」

 

「ありがとう。すごい数の本だな。全部読んだのか?」

 アンティーク調な上品な食器と海外の高そうなチョコ。


「亡くなった母の本もあるので、さすがに全部じゃないですよ」

 そうは言いつつも、かなり読んでいそうだな。


「天国みたいだ、本好きにとっては」


「そう言ってもらえてよかった。また、いつでも来てくださいね」

 彼女は、紅茶をのんで、こちらをしっかりと見つめてくる。


「どうした?」


「先輩、小説やめないでくださいね」

 思いがけない言葉に一瞬だけ反応が遅くなる。しょうじき、あの騒動があってから、一番の趣味だったはずの小説から離れてしまった自分がいた。


「いや、それは……」

 文芸部の部室から原稿を取り戻してくれたことは非常に嬉しかった。書きたいという気持ちはある。でも、トラウマのようなもののせいで動けなくなっている自分がいた。


「たくさん本を読んできました。これは私のエゴなのかもしれません。でも、先輩のお話は本当におもしろかったです。他のどんな人が描いた物語よりも温かくて、優しくて。こんなことで台無しにされちゃうのは、絶対に嫌ですっ!!」

 後輩の真摯な気持ちは、胸をゆさぶる。ここまで言われたら、やるしかないよな。


「ありがとう。本当に一条さんにはもらってばかりだよ」

 本当の意味で、俺はここで自分を取り戻したのかもしれない。

 

 ※


―動画サイト―


「どうも、今日も配信初めていきます。今日さ、次の企画の撮影のために、街歩いていたら、目の前でおじいさんが急に倒れて、びっくりしたんだよ。どうしよう、どうしようってあたふたしてたら、学生カップルが救命活動はじめてすごかったんだぜ。おじさんは、救急車呼ぶことくらいしかできなかったよ。いや、すごいよね。最近、街を歩くと、いろんなこと起きてさ。先週もさ。コラボ動画の街歩き散歩の時に、喧嘩に遭遇して。なんか、恋愛関係のもつれみたいな感じだったんだけど、一方的に男の子が殴られてて。俺たち、倒れ込んだ男の子に駆け寄ったんだけど、逃げちゃって。誰かが警察の人も呼んでたけど、その時はもう当事者誰もいなかったんだ」

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