第125話 取り調べを受ける近藤市議

―近藤市議視点―


 がんと机が大きく叩かれた。こんな前近代的な取り調べがまかり通っていいのか。仮にも、俺は市民に選ばれた市議会議員だぞ。お前たちは、選挙にも出ていないただの公僕だろうに……


「いいですか、近藤さん。あなたには、いくつもの資金の不正な動きがあるんですよ。それについての事実を認めるかどうかだけでも教えてくださいよ!」

 高圧的に警察官は、こちらに投げかける。


「黙秘します。弁護士を呼んでください」

 どんな質問にもこれで押し通す。

 このまま、なんとか粘って逆転の活路を見出そう。それしかない。光は一切、見えない。でも、粘るしかない。


「あのねぇ。ここまで証拠が挙がっていて、それで許されると思います。あなた、市議会議員でしょう。市民の人たちに責任感じないの?」


「黙秘します」

 俺がそう言うと、警官は大きなため息をついた。


「じゃあ、息子さんのいじめ問題で学校の先生や被害者家族を脅迫したほうは? 音声もあるから、もう言い逃れできませんよ。そっちだけでも、認めちゃったほうがいいんじゃないかな」

 内心で汗を流しながらも、屈辱に必死に耐える。

 このまま、すべてを認めたら、会社は終わりだ。市議会議員としての立場も失う。


「……」

 俺は睨むように、警官を見つめながら、黙秘した。


「はぁ。黙秘しても結果は変わらないと思うけどな。まぁ、それはあなたに認められた権利だから、しかたないけど。でもね、近藤さん。もう、誰もあなたを助けてくれませんよ。もしかしたら、国会議員の人たちから圧力をかけて、捜査をうやむやにできるかもしれないと思っているのかもしれないけどね。そんなの無理だから。そういう露骨な圧力なんて、テレビや小説だけの話だよ。上からは、大きな事件だから、徹底的にやれって言われているんですよ。あなたの流した裏金は、どこに流れたのか。調べたらすぐにわかるからね」

 警官は、冷徹に一歩一歩逃げ道をふさいできている。

 やめてくれ。現実を俺に見せないでくれ。


 思わず、涙腺が崩壊して、机に大粒の涙が流れていた。

 担当者は、ぎょっとして、驚いて、あきれたようにため息をつく。


「俺は、いままで必死に頑張って……市民のために……」

 だが、泣き落としすら経験豊富な目の前の担当者には無意味だった。


「あのね、市民のために、頑張って裏金作ってたの? 帳簿まで偽装して? だいたい、あなたが脅した生徒の家族だって、市民だよね。先生だってそうだ。近藤さんがやってきたのって、ただの自分の出世や保身のための行動だよね」


「たかが、公僕のお前に何が……」

 逆上して、思わず大声を上げる。でも、彼は失笑して答える。


「あのね、それがいけないって言ってるの。市議会議員とか社長とか身分は高いかもしれないけど、それが何? あんたはやっちゃいけないことしたからここにいるの。いい加減気づきなよ。あんたは、もう特別じゃないんだよ」

 冷たい言葉の暴力は、何度でもこちらに降り注ぐ。


「俺はこのままだとどうなるんだ」

 思わず弱音がもれた。


「それは裁判所が決めることだからね。まぁ、かなり悪質だし実刑になっちゃうんじゃないかな」

 実刑……

 その言葉の重みが一気に体に押し寄せてくる。俺は犯罪者になって、刑務所に入れられて、会社は倒産、ネットでは笑いもの。やだ、やだ、やだ。いや、市議会議員の報酬が出れば、なんとしてでもそれにしがみついて。


「ああ、そうだ。市の条例では、市議会議員が逮捕されたときに報酬の支払いは停止されるそうだからね。一応伝えておくよ」

 まるで、心が読めているかのような言葉にすべての希望が崩壊していく。

 たぶん、実刑の話を出して、収入や将来の不安感を強くしてから、叩き落す作戦なのだろう。作戦なのはわかっているが、その絶望感はたまらなく大きくなる。


「出してくれ、ここから出してくれぇ」

 絶望の夜は、海のように深い絶望を届ける。終わりの見えない絶望。人生のすべてが闇に包まれていった。


 ※


―青野英治視点―


 一条さんのマンションにはすぐについてしまった。少しでもゆっくり歩こうとしていたのに……


 もう少し一緒にいたいな。

 その心の中のわがままは、彼女に通じてしまった。


「ねぇ、先輩。送ってくれたお礼にお茶でも淹れますよ。もう少しだけお話しませんか? 私の部屋で……」

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