第124話 南前市長の反撃
―キッチン青野―
「南さん、いつもありがとうございます」
「いやいや、本当に英治君はすごいな。まさか、あの若さで小説家デビューが確定したとは……お父さんも見たかっただろう」
「いえ、あの人は絶対に見ていますよ。いつも大事な時は、ふらっと近くにいてくれた人ですからね。きっと、本が出たら、嬉しくなってこっちまで来て買って、天国の友達に自慢してますよ」
「そうだね。きっとそうだ。わしも、いち早く読んでお墓参りして自慢することにしよう。きっと、あいつは読むのが遅いからな」
「その時は私もいっしょに行きますよ」
「さて、今日来たのは近藤市議の件だ。そろそろ、本題に入ることにしようか」
「はい。どうなりそうですか」
「市のほうは、すでに対策を協議済みだ。どうやら、不正会計は、あやつが経営していた会社も関与していたらしい。これは完全な法律違反だろう。それがしっかり立証されれば、市の建設工事に関する入札参加資格を失う。国や県も同じだ。そうなれば、会社はもたんよ。倒産するだろうな」
「ちなみに、議席のほうは……」
「市の条例では、議員が在職中に逮捕された場合は、すぐに報酬の支払いは停止される。知り合いの議員には根回しは済んでいる。次の議会で、辞職勧告が可決される。それを拒否したら、問答無用で除名じゃよ。こうなれば、あやつがこの店に嫌がらせなんてできないだろう。会社も市議会議員の立場もすべて失うのだからな」
「ありがとうございます。南さんには、本当に頼りっぱなしで」
「礼には及ばんよ。わしは、勝手に二人のことを孫のように思っているんだから。かわいい孫を守るためにはなんだってやるさ。目が黒いうちは、誰も危害なんて加えさせないよ」
※
―英治視点―
「先輩、いつも送っていただいてありがとうございます。忙しいときは言ってくださいね。いつでも、迎は来てくれますから」
いつものように一緒に夕食を食べて、家まで送る。
「いや、俺が好きでしているだけだからさ。それに、帰り道にゆっくり話すのも結構好きだし」
そういうと、一条さんは顔を真っ赤にする。
「もう」と小さくいって、すぐにいつものように戻った。
「先輩、いつも思っていますけど、私のこと好き過ぎませんか? ちょっと過保護な時もあるし」
言ってから自爆したことに気づいたらしい。さっきよりも顔を赤くしていた。
「まぁ、否定はしないよ。正直、こんなに一緒にいて楽しい人なんてそうそういないし」
趣味もあうし、彼女は俺をかばって自分に不利益があろうとも助けてくれた。そんな人を大切に思わないわけがない。
落ち着いたらしっかり気持ちを伝えるつもりだ。たぶん、その日はもうすぐだと思う。
※
―一条愛視点―
いつものように先輩に送ってもらう。一緒にご飯を食べて、送ってもらう。普通の恋人以上に濃密な時間を過ごしていると思う。
できることなら、関係を深くしたい。
さっきは、自爆してしまったけど、お互いがお互いを好きだというのはもうわかっている。
相思相愛なのに、一歩踏み込むことが怖い。この心地よい関係にずっとひたっていたい。そんな風に弱気になる自分がいる。当たり前だと思う。これが初恋だから。どうしていいのか、わからない。
でも、彼と恋人になれたら幸せだと思う。だから、私はすべてに決着をつける。
先輩たちには、恩がある。かつて捨ててしまった人間らしい温かさをまた教えてもらったから。
「ずっと、一緒にいたいな」
彼には聞こえないように小声で、自分の本当の気持ちをつぶやいた。
聞こえないように言ったのに、聞こえていたらいいなって思っている自分がいる。
そして、自分は今、幸せだと自覚する。
私たちはできるだけゆっくりと道を歩いた。
少しでも一緒にいる時間を長くするために。
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