第126話 じれじれ
―一条愛視点―
我ながら大それたことをしてしまった。好きな人を家に招く、それも夜に。
さすがに禁じ手。それも、私は一人暮らしだ。お手伝いさんもお休み。
出会って1週間くらいしか経っていない人を家に入れるなんて危険すぎる。
でも、この前だって、理性の警告音は鳴らなかった。
だって、私が招いた男の人は、青野英治だから。
この1週間で、私は彼の本質に触れた。自分が危険でも、弱っている人を助けようとする優しい人。あんな絶望的な状態でも、あきらめずに前に進むことができる強い人。そして、苦しんでいるときはすぐに周囲の人が手を差し伸べてくれる人柄。
彼の周りには、自分の不利益すら気にせずに、彼を助けようとする人がたくさんいる。それはきっと、彼が今までずっとほかの人にそうしてきた証拠。私を助けてくれた時だってそうだ。きっと、彼は今まで他人のために手を差し伸べ続けていた。だから、周囲が敵だらけになっても、本当の友達は残り続けている。
「私よりも1歳年上なだけなのに、すごいなぁ」
一人になったときは、いつも彼のことばかり考えてしまう。
ほかの人から見れば、私は何もかも持っている人間だと思われているだろう。お金も才能も人気も。でも、本当に欲しいものは、一度壊れてから、ずっと失われたまま。
親と本当の意味での友達に恵まれている彼がうらやましかった。私が欲しいものを持っていて大事にしている彼の姿がまぶしかった。
そして、その輪の中に私まで入れてくれた。欲しかったものを別の形ではあるけど、与えてくれた。
だから、私は彼を好きになったんだと思う。
命を助けてくれたから。それも大きい。でも、もっと本質的なところで、私は彼が好きなんだ。
マンションのエレベーターで部屋の階まで上がる。私も緊張しているし、先輩もそうだった。だから、ずっと無言だった。でも、不思議なことにその無言すら、どこか心地よい安心感がある。
「先輩、緊張してます。やっぱり、夜の女の子の部屋に入るのって……いけないことをしている気分になりますよね」
照れ隠しもあって、あえてそうからかってみる。そうしないと、こっちが震えてしまうから。
「そりゃあ緊張するよ。こういうシチュエーション初めてだし」
思わず「えっ」という声が出そうになる。天田さんの家とか行ったことないの。いや、たぶんあるはず。だって、家族ぐるみの付き合いをしていたはずだから。
冷静に事実を分析したことで、一つの結論に達する。
「そっか。私って特別なんですね?」
嬉しくて、言葉にしてしまう。先輩の中で、自分が特別な存在になっていることが嬉しくて。
「ノーコメント」
「そんな政治家みたいなこと言わないでくださいよ」
「だいたい、本当にいいのか。いくら何でも不用心というか。一人暮らしだよな。何か間違いが起きたら……」
すぐに、目的の階についた。紳士の彼なら、私の嫌がることはしないはず。無理やり襲われる心配もない。だって、青野英治だもの。私の好きな青野英治は、絶対にそんなことをしない。
こんな何があっても文句は言えないお誘いをした自分の中にいけない気持ちが膨らんでもいた。
「大丈夫ですよ。先輩のこと信じていますし。お茶を飲みながら、いつものようにおしゃべりするだけ。それに……」
言っちゃいけないことを言おうとしている。完全に舞い上がっている。
「それに?」
暴走した感情は、この前飲み込んだ言葉をはっきりと表に出してしまう。あの時は、頑張って飲み込んだのに。
「先輩となら少しくらい間違えてもいいよ」
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