第66話 エリの後悔
―エリ視点―
スーパーで食材を買って、またいつもの家に帰る。
「ただいま」
昔の癖は抜けない。誰もいない家にあいさつしても、誰も返事なんてしてくれない。
自分は幸せの対極にいる存在なのだと自覚させられる。
「うどん作ろう」
適当な野菜と肉を煮込んで食べておけば、死ぬことはない。高校から一人暮らしを始めて、もうずっとこれだった。食事の楽しみなんて、この3年間一度も味わったことがない。最低限の栄養を摂取できればどうでもよかった。
近藤君と会う以外は、ただ最低限のことをして人生の時間を潰していくだけ。彼と一緒の時間以外は、もう自分はゾンビのようなものだ。
全部、失ったのだから。
これでも中学時代までは優等生だった。友達だって多かったし、幼馴染の遠藤一樹と付き合っていた。彼も頭は良くて、ずっと自慢の幼馴染だった。
私と彼はずっと仲が良くて、将来は結ばれるものだと思っていた。
でも、その約束された幸せを壊したのは自分自身。
近藤君とは中学3年の時に、はじめてクラスが一緒になった。サッカー部のエースで勉強もできた彼は、常に学校の中心のような存在だった。
幼馴染のことが大好きだった私は、彼のことをすごいなとしか見ていなかった。
でも、クラスが一緒になって、少しずつ仲良くなっていった。彼は勉強もよくできるので、苦手な数学の問題を優しく教えてくれた。
そんなささいなことがきっかけで、仲良くなって、女慣れしている彼のエスコートは、不器用な一樹とは違ってスマートで同年代と思えなかった。油断した私は、いつの間にか彼にすべてを許してこの地獄に落とされたんだ。
でも、よくわかっている。悪いのは全部、自分だから。今まで見ないようにしていたけど、一番悪いのは誰でもない。自分自身。
親からはほとんど勘当された。高校までの学費と生活費は払ってもらっているけど、その先は自分でどうにかしろと言われている。
幼稚園からの友達には「どうして、そんなにひどいことができるの。遠藤君のことを考えたら……そんなかわいそうなことできないよね」と言われて、絶縁された。
当たり前だと思う。でも、親も頼れない状況なら、大学や専門学校に行くのも難しい。自分がずっと持っていた教師になりたいという夢も、あの浮気によって失ったも同然。
一樹は、絶望して高校入試を受けることもできなかったと聞いた。今は、浪人して、私たちより下の学年に在学している。
同じ高校に入学してくれた時は、嬉しかった。あんなにひどいことを言った自分がそう思うのはいけないことだとわかっていた。でも、もしかすると私をこの地獄から救ってくれるかもしれないと少しだけ期待した。
でも、そんなことは夢のまた夢だとすぐにわかる。
廊下ですれ違っても、まるで汚物を見るかのような冷たい目線しか向けられることはなかった。
いつも優しく微笑んでくれていた彼の笑顔はもう見ることができない。結局、私には近藤君しかいないと自覚させられた。幸せだったころの象徴は、もう遠くに行ってしまって、手を伸ばしても届かない。
さらに、彼は、私を捨てて、都合の良い女くらいにしか扱ってくれない。
中学の時だけ一瞬、付き合ったけどすぐに捨てられた。
すべてを賭けた恋だったから、あきらめきれずにズルズルと都合の良い女になってしまった。家族も恋人も友達も夢も未来も全部、賭けてきた恋だったのに。
青春のすべてを近藤君に捧げた。
そして、残ったのは、この地獄だ。
彼に他の女がいるのはよくわかっている。実際、何度か目撃したこともある。
でも、ここまですべてを捧げてきた私に戻ってきてくれる。ずっと、そう信じていた。
さきほど、ポストに届いていて封筒がその夢すら打ち砕いていた。
彼が幸せそうに、別の女とホテルから出てくる写真。
これだけなら、まだ我慢できたかもしれない。でも、彼の首には中学時代に買ったおそろいのネックレスがついていた。まるで、私の気持ちを踏みにじるかのように。自分の青春が、彼にとってはただの所有物くらいにしか思われていなかったことがよくわかった。
許せない。
自分が許せない。大事な人たちを裏切った自分が許せない。
死のう。限界まで張りつめていた糸がついに切れてしまった。だって、この先に希望なんて何もないんだから。
でも、私だけが地獄に落ちるわけにはいかない。
この地獄を作った張本人も一緒に……
せめて、最後だけは自分が自分らしくあるために……
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