第60話 配信者&遠藤&高柳

―とある配信者視点―


 おじいさんのために救急車を呼んだ翌日。おじいさんのご家族を名乗る女性から着信があった。念のため、警察の人に教えておいたんだ。警察の人が仲介してくれたみたい。


 俺はグルメ系動画配信者で、地域密着型のスタイルをとっているので、警察官もたまに動画を見てくれているらしい。あの日すべてが終わった後、その雑談で警察の人と少し会話をした。


「ああ、この前はどうも。いえいえ、私は何もしてないですよ。趣味の動画を撮っていたらおじいさんが倒れていて、あたふたしているうちに学生カップルが動いてくれたので。自分は、救急車を呼んだだけで。えっ、消防から表彰される?? いやいや、私なんかよりも学生さんたちや看護師さんのほうを……あっ、学生さんたちは何も言わずに立ち去ってしまったんですか?」

 


 正直、あの日はほとんど何もできなかったので、ヒーローになるわけにはいかない。学生さんたちの手柄を横取りしてるみたいになるからな。


「ええ、あの日の動画なら取っていますよ。実は散歩動画の撮影中で。慌てていたのでブレブレですが、学生さんたちの顔が写ったやつがあります。でも、さすがに未成年の子供たちの顔をネットに流せないですよね?」

 電話口の女性からは、それをSNSなどにあげて二人を探すことはできないかと相談されたが、良心が優る。ふたりは、あまり目立ちたくないのかもしれないし……


「ええ、すいません。まぁ、モザイクをかけて投稿するなら……警察の人にも相談しないとですが……」

 実際、自分もあのカップルがしっかり評価された方がいいとは思っている。


 すべて、あの場での適切な処置のおかげだ。

 

 でも、この男の子の顔はどこかで見たことがあるような。

 どこでみたんだっけ? 思い出せないな。


 とりあえず、動画データは、警察の方に渡すことにした。そういえば、あの日の喧嘩を収めた動画も警察に渡したな。俺のグルメ動画という当たり障りもない動画もどこかで役に立つといいな。


「おっ、そうだ。9月になったから、キッチン青野でカキフライ始まったよな。あそこのタルタルソース絶品だから、今日の昼間にでも食べに行くかな!!」


 ※


―遠藤視点―


 夢を見た。俺とエリの昔の夢だ。

 俺たちは幼稚園生くらいで、楽しく笑いあっていた。


「私、大きくなったら、遠藤君のお嫁さんになる」

 その約束が果たされることはなかった。あんなに大切に思っていた幼馴染のことをみかけても、今は憎悪の気持ちしか湧き上がってこない。


 俺は失われた子供時代の純粋な笑顔を思い出しながら、目を覚ます。


「最悪の夢だったな」

 大事な思い出になるはずだった過去を奪われた。奪ったあの男にも協力者にも、エリにも、憎しみしか残っていない。


 まだ、朝の5時だ。

 昨日は、ずいぶん冒険してしまった。直接、近藤に宣戦布告してしまったんだからな。だが、これも作戦に必要なピースだ。


 あいつの言動を見ていると、攻めには強いが、守りに弱い。プライドの塊みたいなところがあるから、煽られるとすぐにキレて暴走する。


 だから、利用しやすいんだけどな。


 サッカー部と近藤の関係に関しては、かなり揺さぶりをかけることができた。

 これでサッカー部に裏切り者が出るのも時間の問題だろう。


 だが、近藤が処罰されるくらいでは、俺の復讐は終わらない。あいつを、一番下まで叩き落さなくちゃいけないんだ。


 だから、天田美雪にも情報を流した。少なくとも、二人の信頼関係にはひびが入るし、多少なりとも天田の罪悪感に訴えることができればいいと思った。もちろん、浮気女なんて、信用できないけど。


「うまくいけば、サッカー部や天田美雪と、近藤を離反させることができるかもしれない。そうすれば、口裏を合わせることは難しくなるし、学校側の追及にも矛盾が生まれるはずだ」

 そして、昨日の宣戦布告だ。これはリスクも大きいが、それ以上のリターンが大きくなる。意外と小心者ものの近藤は、サッカー部とのぎくしゃくから女たちを頼ることになるだろう。そうなれば、写真を見た天田美雪に連絡して、2人が喧嘩をはじめるかもしれない。


 そうなれば、儲けものだ。もしかすると、エリに連絡が行くかもしれないが、それでも構わない。天田美雪は、連絡が少なくなって、さらに疑心暗鬼を増幅させるはずだからな。


 天田美雪とエリがお互いを認識すれば、女性陣と近藤も対立して、あいつも逃げ場を失う。


 そうすれば、サッカー部と女たちという逃げ場を失い、奴は"誰か"に頼らなくてはいけなくなるだろう。俺以外にこの問題の裏で暗躍しているはずの"誰か"に。


 ※


―高柳視点―


 自室で、ノートにメモを取りながら、俺は頭を抱える。


 せっかくの休日だというのに、青野の問題のことで頭がいっぱいだった。

 被害者の名誉回復のためには、早く事実を明らかにしなくてはいけない。証拠は集まりつつあった。あとは決定的なものが欲しい。


「だが、今回の件は、ひとつ変なことがあるよな」

 それは、近藤の行動だ。あいつは、女にだらしがなくて、すでに誰かと交際している女が好きになるという悪癖があった。だが、恋愛は自由恋愛が原則な現代。婚姻関係でもなければ、それを理由に処分はできない。


 だから、学校側も困っていたわけだが……


 どうして、青野の件だけは、あいつを直接いじめるような行動になったんだ。今まで、最後のラインだけは超えないようにしていた小心者の近藤が?


 そこに違和感をずっと感じていた。


 そして、これは荒唐無稽な妄想に近いが、ひとつの仮説に行きつく。


「もしかしたら、近藤をそう行動させるように、そそのかした黒幕がいるんじゃないか? くそ、頭が回らない」

 ろくに、食事を取っていないからか、イライラしてしまう。

 どこかに食べに行くか。たしか、動画サイトで、グルメおじさんが、駅前の美味しいラーメン屋を紹介していたな。気分転換に、そこでも行ってみよう。


 店名を調べるために、俺は動画サイトを開く。

 グルメおじさんのチャンネルを開いた。


 サイトの仕様で、最新の動画が勝手に流れてきた。


「どうも、今日も配信初めていきます。今日さ、次の企画の撮影のために、街歩いていたら、目の前でおじいさんが急に倒れて、びっくりしたんだよ。どうしよう、どうしようってあたふたしてたら、学生カップルが救命活動はじめてすごかったんだぜ。おじさんは、救急車呼ぶことくらいしかできなかったよ。いや、すごいよね。最近、街を歩くと、いろんなこと起きてさ。先週もさ。コラボ動画の街歩き散歩の時に、喧嘩に遭遇して。なんか、恋愛関係のもつれみたいな感じだったんだけど、一方的に男の子が殴られてて。俺たち、倒れ込んだ男の子に駆け寄ったんだけど、逃げちゃって。誰かが警察の人も呼んでたけど、その時はもう当事者誰もいなかったんだ」

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